鳥肌が立った。恐らく本当に私を結婚相手として考えてくれたのだろう。けれどそれは愛情や父への義理からではない。私が坂崎さんの言うことに逆らわないと思ったからだ。ついてきてくれる女性であれば誰でもいい。この人は自分のことを一番に考えている。結婚相手の性格や考え方は関係ない。私と結婚すればオマケとして会社で父の後ろ盾ができるし、自分に従ってくれる人形であれば誰と結婚しようと構わないのだ。

「私は嫌です!」

大声を出した。近所迷惑だろうと関係ない。家の中まで聞こえて父も母もこの人の本性が分かってしまえばいいと思った。

「もう無理ですよ。僕についてくればいいんです。あなたは僕にだって逆らえない」

坂崎さんが私の腕を引き、顔をより一層近づけた。強引にキスをされると察した瞬間、力いっぱい腕を振り払い坂崎さんから離れた。

「誰があなたなんかと!」

立ち上がり玄関に走った。家の中に逃げ込もうとドアを開けると目の前に父が立っていた。

「どうしたんだ、大きな声を出して」

「お父さん……」

坂崎さんに強引に迫られたと訴えようとしたとき、「今夜は坂崎君に泊まってもらうことにした」と父はまるで死刑宣告のような言葉を発した。

「え……」

「終電がなくなるまで引き止めてしまったのはお父さんが悪いからな。坂崎君に客間で寝てもらうことにするよ」

父は全く悪びれた様子がない。終電を逃す時間までわざと引き止めたかのようだ。思わずウッドデッキを見ると、坂崎さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべて2本目のタバコに火をつけた。

「だめ……」

「どうした?」

「だめ!」

私は道路に出て走った。

「実弥!?」

父の驚いた声が背中に向けられたけれど振り返らない。今夜は家にだって居場所がない。戻ることはできなかった。坂崎さんと同じ家の中で過ごすことなんて絶対に嫌だ。

シバケンに会いたい。助けてもらいたい。ただその一心だった。