机の上で山積みになっていた書類がようやく半分くらいになった。

 イルヴィスは小さく息を吐き、指で眉間を強めに押さえる。

 平和なグランリア王国であっても、民の不満が少しも無いわけではない。その小さな不満が募っていけば、いつかは反逆の火種にならないとも限らない。だから、国の状態を細かく知ることは大切なことなのだ。

 ──という、国王である父の言い分は確かに正しいのだが、ならばそれらが記された書類くらい自分で目を通す努力をして欲しい。



(まあ、また倒れられるよりはマシだが)



 仕事を再開しようと手を付けていない方の書類の山に手を伸ばしかけた時、ティーセットを持ったメイドやって来た。国王の若い頃から勤めているベテランの女性で、現在は副メイド長の地位にある。



「失礼いたします。お茶をお持ちしました」


「そこに置いておいてくれ」



 イルヴィスは仕事用の机から少し離れたテーブルを指した。いつも通りなので、別段気にもせずティーセットが置かれる。

 そしてまた、いつも通り書類整理が一段落した頃、冷めきった紅茶を飲むつもりでいた。しかし、いつも通りでないことがあった。


 ──紅茶の香りが、いつもと違う。



「……待て」



 副メイド長を呼び止めた。振り返った彼女は、イタズラがバレた子どもを思わせる表情を浮かべていた。