「朋美先輩、この先の事はお願いしまーす。私、薬剤部に行ってきまーす」と如月先生を朋美先輩に押し付けて、ナースステーションを出た。

「任せて~」
後ろから朋美先輩の陽気な声が聞こえた。

はぁっ、助かった。

私は如月先生が苦手だ。
30才、独身。有名難関私立大学医学部出身。容姿端麗。すらっとした長身に白衣がよく似合う。
女性スタッフや患者さんからの人気は凄まじい。
でも、如月先生からは私の苦手な香りがする。香水などではなくてセレブ臭ってやつ。

先生は常識をわきまえていて、職場に香水など付けて来ない。
そこはとても好ましく感じる。でも、私は彼が苦手。

度々食事に誘われるけれど行ったことはない。なぜ私が誘われるのかもわからない。
如月先生は仕事が出来てスタッフからも患者さんからの評判もいい。
特定の女性がいるとか女性関係が派手だとかそんな噂もない。でも、何かが違う。

廊下に出て、エレベーターホールに向かう。
ちょうどエレベーターが到着して、中からぞろぞろと患者さんや面会客が下りてきた。

片隅に避けていると、近くで「あっ!」っと言う声がした。
目線を上げると、高級そうなスーツ姿で長身の若い男性が私を見て立ち止まっている。

誰?
私には見覚えなどなく、そのままエレベーターに乗り込もうとした私をその男性は「待って」と引き止めた。
いきなり二の腕を掴まれ驚いて「ひゃっ」と声をあげてしまう。

「いきなり、失礼しました。私のことを覚えていませんか?」
さっきのエレベーターに乗る事が出来なかった私の目の前にいる男性はあの特別室の面会客だという。
長身で程よく整えられた髪。骨格には無駄な脂肪が付いていないかのような引き締まった体型。かなりのイケメン。でもその漆黒の瞳に私は全く見覚えがない。