目覚めたらそこは大悟の車の中だった。

「お前、人前で寝るなんて……。
 千尋ちゃん困ってたぞ。」

 そうか。
 そういえば頬に触れた手が気持ちよくて眠ったかもしれない。

「千尋ちゃん可愛いよな。」

「は?」

 声に出したことに楽しそうな大悟の顔を見て、うんざりする。

「千尋ちゃん先に送ってあげたんだけどさ。
 のんちゃんいなかったら連れて帰れたのになぁって。」

「馬鹿だろ。」

 意見すれば大悟を楽しませるだけなのは分かっていたのに言わずにいられなかった。

「ハハッ。安心しろよ。
 俺、ガキは興味ないんだ。」

 馬鹿か。俺だってそうだ。
 心の中で悪態をつく。

 アパートの前で停まった車から降りると大悟が減らず口をたたいた。

「俺が2人を送らなかったら、のんちゃんが連れ帰ったか?
 ハハハッ。なんてな。」

 笑い声だけを残して大悟は帰っていった。


 アパートで1人。
 チビの顔と先ほどの大悟の言葉が思い出された。

 連れ帰ったってここに?

「馬鹿か。」

 思わず口を出た言葉。
 しんとした部屋に響いた声に違和感を覚えた。

 この部屋で声を発したのは初めてだった。

 何もやる気が起きずに横になっても寝つけなかった。

 あの手………。

 頬に触れただけで眠くなった手。
 その手に今、触れて欲しいと思った自分にもう一度口に出した。

「馬鹿だろ。」

 その声は虚しく部屋に響いただけだった。