私以外誰もいない放課後の教室が、夕暮れ色に染まる。

柿の色、枯葉の色みたいな秋の光が差して、机や椅子はぼんやりと輝いているみたいだ。

だけどその輝きが集まるのは、私にはひとつの消しゴムに見える。



上履きが床とこすれて小さな音を立てた。

きゅっきゅっ。甲高い音が耳について離れない。



彼の席に忘れられていった、消しゴム。

私はそれを手に取って、そして名前を刻むためにシャーペンの芯を出した。



昔、小学生の頃。

女子の間ではおまじないが流行って、こぞってたくさんのものを試していた。

その中のひとつに、『消しゴムに好きな人の名前を刻んで、誰にも気づかれずに使い切ることができたら、恋が叶う』というものがあった。



なんの根拠もないそれを信じているわけじゃない。

だって私はもう高校2年生、17歳だもの。



だから私は、彼の消しゴムに名前を刻む。



真実の〝真〟。真剣の〝真〟。

マコトと読む名前をシャーペンで削る。

ただの消しゴムのはずがまるで肉をえぐるように、突き刺して引いて、繰り返して壊していく。



これはただのおまじないじゃない。

隠すつもりは毛頭なく、気づかれることを前提としている。

どうか気づいて、意識して、どうしようもない恋の手口で、彼の心に手を伸ばすのだと決めた。



だからこれで、いい。



その時背後から、カタンと音がした。

はっとして扉に顔を向ければ、人影が見える。



「……なに、してんの?」



ぱらぱらと、なかったことにしてくれるはずの消しゴムが使えないものとなって、落ちていった。