永遠の別れは、ある日突然何の前触れもなく訪れた。
同時に私の心は粉々に壊れた。

病院の地下1階の奥の部屋の前で、泣き崩れる女性に寄り添う男性。
私は小走りで駆け寄り、二人に声かけた。
「おじさん!おばさん!」
女性は私を見上げると、さらに大粒の涙を流しながら、
「美咲ちゃん!司が・・・司が!」

私の身体は鉛のごとく重くなる。
手足の震えが止まらない。
体温が一気に下がっていく。

初めて踏み入れた部屋・・・霊安室の中には白衣を着た医師と看護師、そしてスーツ姿の男性二人がベッドの周りに立っていた。
「司?」
私は何度も司を呼ぶが、返事はない。
「手の施しようがなく、残念です」
医師はそう言って、部屋から出ていった。
私の涙腺が壊れた。否、心が壊れた。
泣き崩れた私を看護師が支えてくれた。
スーツ姿の男性二人は私に「警察です」と名乗ったが、私は返事すら出来ず、只泣き崩れた。

私と司は幼稚園からの幼なじみで、春から同じ大学に通う事が決まっていた。
「そろそろ幼なじみは辞めたいんだけど」
「美咲、好きだよ」
司は真剣な顔で告白してくれた。
「司?」
私よりはるかに背が高い司を見上げて首を傾げると、司は大きくて温かい手で私の頭をポンポンと触った。
司の手は私を安心させてくれる。
温かい気持ちにさせてくれる。
「私も好き。幸せだよ」
二人見合いあって笑った。

初めて付き合った彼氏。
初めて手を繋いでデートした彼氏。
ファーストキスした彼氏。
私にとって司は特別で愛する人。

平凡な私とは違って、司は頭脳明晰、スポーツ万能、優しくてスマート。
そんな二人が幼なじみから恋人になって、たった2週間しか経っていなかった。
司は交通事故で、たった18年の短い人生に幕を下ろした。
おじさんおばさん、そして私を残して。

「美咲ちゃん、司の事、ありがとうね」
「美咲ちゃんは前を見て歩いていってね」
葬儀の最期の別れの時、おじさんおばさんは私にそう言った。
私は両親に支えられ、立っているのが精一杯だった。
司の遺影を見つめながら。
「もう二度と誰かを好きになる事はないよ」
「私は独りで生きていくよ」
小さく呟いた。
愛する人を失う恐怖をもう二度と味わいたくはない。
息が出来なくなるような、胸をしめつけるような想いはしたくない。
だから、誰かを好きになったりはしない。

3月の終わり。

司の命日の2~3日前になると、私は必ず体調を崩してしまう。
頭がズキズキとしたり、熱が出たり、貧血気味になったり、症状は様々。
今年は頭痛が酷く、命日の前日は寝込んでしまっていた。

そして毎年命日のお墓参りは両親と一緒に行っていたのだけれど。
「お父さんもお母さんも今年は仕事なんだ」
「ひとりで大丈夫かしら?」
司が交通事故で亡くなって以来、両親には随分心配かけている。
強くならなくちゃ。
いつまでもコドモじゃいられない。
独りで生きていくと決めたんだし。
「大丈夫だよ」
私は黒のスーツを着て、近所の花屋でお供えのお花を買って、司が眠る墓地に向かった。

「司、今年はひとりで会いに来たよ」
「4月から社会人だよ~」
「私が働いてる姿なんて、想像つかないよね」
墓前で私はひとり喋り続けた。
司から返事などない。
春めいたそよ風が、私の髪の毛を揺らす。
「司、会いたいよ…」
ひとりで来たせいか、心の奥底に閉まっていた気持ちが言葉になる。
どうしようもなく、私の瞳から涙が流れ落ちる。
その場にうずくまる。
頭がズキズキする。
落ち着いたら帰ろう。
そう思って、しばらくうずくまっていた。
その時、カツッと靴の音がして、「大丈夫ですか?」と声をかけられた。
見知らぬ男の人に泣き腫らした顔など見せられない。
手に持っていたハンカチで目頭をおさえ、すくっと立ち上がり、「大丈夫です」とお辞儀して、その場を去った。

「心配して声をかけてくれたのに、顔もあげずに立ち去って感じ悪かったかな」
家に帰り、ベッドに横たわりながら、ひとり呟いた。
机には辞書や参考書が積み上がっている。
女の子らしいという言葉とは無縁の殺風景な部屋。
というのも、大学の4年間は猛烈に勉強に励んだ。
就職するか、大学院に進むか、海外留学するか悩んで、就職する事を決めた。


松本美咲、22歳の春。

業界トップクラスの総合商社、藤堂株式会社が私の就職先。

午前8時、本社社屋の1階エントランスにはスーツ姿の男性、女性があちらこちらに行き交っている。
総合受付の横には広い待ち合いスペースがあり、カフェも併設している。
奥には6基のエレベーターがあり、会議室や応接室のある2階に繋がっているエスカレーターもある。

2ヶ月の新人研修を終えて、いよいよ今日から新しい配属先へと向かう。
本社勤務の同期は30人。
真新しいスーツを着た同期たちとエレベーターに乗り、私は総務部のフロアである7階で降りた。