6時10分発の電車内はスーツを着たサラリーマンや数人の学生がいるだけで、まだ混雑とは縁のない居心地のいい空間がそこにはある。
カタンカタンと規則的な音を聞きながら、車窓に映る自分の顔をぼんやりと見つめた。

今まで一度も染めたことのない母親譲りの栗色がかった髪。鎖骨下ほどのその髪を何の飾り気もないシュシュで一つに纏める。淡いブルーのアンサンブルにベージュのパンツスタイルは、お世辞にもオシャレにはほど遠い装いだ。

二十代をちょうど折り返し、世間的にはもう立派な大人だと認められているはずなのに、そこにいるのは学生の頃から少しも変わらない垢抜けない一人の女。

それが私、水谷優花という人間だ。

「なんで私なの…」

ぽつりと呟いた疑問はずっと心の中に居座ったまま消えることはない。



『 俺と結婚してくれ 』



夢だと言い聞かせていたあの出来事が紛れもない現実なのだと決定づけたのは、他でもない課長自身だった。
まるで、最初から私が勝手に自己完結してしまうことを見越していたかのように。