「美月さん来るの待ってたんですよ~」

 瑠衣がまっすぐやってきた。コピー機のトナーインク補充をしたばかりらしく、手に空き箱を抱えている。

「ごめんね。結局、二次会行けなくて」

 皆が集まる二次会に顔を出さず、菅波の誘いに乗ったのを悟られたくなくて、こちらから話題を振った。

「どうだった? 誰か倒れたり、セクハラ発言したりしなかった?」
「ありませんでした」
「店のインテリア壊したり、終電逃して朝まで公園で酒盛りしたり、カーネルおじさん人形を連れてきちゃったり?」
「大丈夫です、っていうかそんなこと毎回やってたら、うちの会社この界隈のお店、出入り禁止になっちゃいますよ」
「よかったわ。まぁ、わたしならいつでも飲みにつき合うから、また誘って」

 はい、と瑠衣はうなずいた後、ん、と首をかしげた。

「どうしたんですか、美月さん、何かいつもと違います」
「……髪はねてる? 化粧品はいつものだけど」
「外見じゃなくて、っていうか表情? 声? うまく言えないんですけど、どこか違うんですよね」
「小じわができた? それとも白髪……? 年齢サインかしら」
「やだ、違いますよぉ」
「鏡見てくるわ」

 瑠衣をあしらって、洗面所へ向かう。
 鈍いようで鋭い後輩の目にどきどきした。
 昨夜、菅波に交際を申し込まれた。
 わたしとしては断ったつもりだけれど、菅波は納得して退いてくれるのか。恋愛経験値が低いせいで、この後の流れがよくわからない。
 わたしの恋人は、仕事。
 嘘だけど、嘘じゃない。
 わたしにとって何よりも優先すべきは仕事で、彼氏を作ってデートしたり、将来を考えるよりも、仕事に打ち込む方が自然なことだ。仕事は浮気しないし、心変わりもしない。誠実で、裏切らない。こっちががんばった分だけ応えてくれる。ときに理不尽な要求をされることはあるけれど、やり遂げれば充実感を得られる。ボーナスというごほうびも与えてくれる。

「……うん」

 鏡の前でうなずく。
 三十二歳。二十代の頃とは頬の輪郭が変わってきた気がするけれど、年齢相応だと思う。

「会田さん、おはようございます」

 洗面所に入ってきたのは、ひろみだった。レモンイエローのワンピースがまぶしい。

「おはよう。その服いいわね」
「ありがとうございます」

 鏡に向かって二人並ぶと、やはり年齢差を感じる。
 気に病むことじゃない、と自分に言い聞かせる。