地下への階段を降りると、暗い通路が続いていた。壁も天井も黒光りする岩のような材質で、触れるとざらざらする。こんな都会に洞窟があるわけがないから、あくまでもそのように見せる内装なのだろうけれど。
 木製の扉の前で菅波が足を止めて振り返る。抱き締められるのかと反射的に身構えた自分にびっくりした。

「どうしたの」

 指摘されてなおさら恥ずかしい。ううん何でもない、と答える声も上ずってしまう。

(しっかりしなきゃ)

 扉が開くと、中の空間がまぶしく広がった。
 カウンター席は埋まっていて、奥のテーブル席にもカップルが数組いる。BGMは会話を邪魔しない程度のボリュームで流れており、雰囲気のいい店だ。

「いらっしゃいませ」

 席に案内してくれた男性が、「ごゆっくりどうぞ」と菅波とわたしの目を見て言った。

「今の、店長さん?」
「そうだね」
「よく来るの、ここ?」
「初めてではないけど」
「常連?」
「質問が多いね」

 答えをはぐらかしたまま、菅波は席に着き、わたしの手元にメニューを差し出した。

「どうぞ」
「……ありがとう」

 この店が菅波の行きつけであっても、そうでなくても。
 別にどうでもいい。
 菅波について知っておきたい、何を考えているか把握したいという気持ちは、仕事を円滑に進めるためであって、プライベートでどんな店に行こうが、誰とどう過ごそうが、わたしには関係ない。
 必要以上に近づきたくない。近づいたら危ない。用心しないと。
 菅波はおそらく自信家で、プライドも高いタイプだと思う。たとえるなら硬くて不透明なガラス。容易に壊れたりはしないだろうけれど、とにかく感情を見せないから得体が知れないし、接し方がわからない。

「おすすめはフレンチトーストって言ってたよね。こんなに種類があるなんて思わなかった」
「選択肢が多い方が楽しめるでしょう」
「確かに……迷っちゃう」

 華やかなデザートメニューはどれも魅力的で困る。
 ダークチェリーが載ったのと、苺が載ったのと、小豆が載った和風の。この三つの候補の中から選ぼうかな。でも桃もおいしそう……と目移りして、なかなか決められない。
 メニューから視線を上げると、クールなまなざしに射抜かれた。

「決めた?」
「え、っと……菅波は?」
「僕はこれ。あとコーヒー」