「私は『お母さん』って名前じゃない」

ソファに座ったまま、彼女がまっすぐに俺を見上げる。

「そんなのわかってるよ。
何言ってんだよ、今さら…」

俺はため息をつきながら彼女を見下ろした。

「私はあなたのお母さんじゃない。
あなたは何もわかってない」

滅多に泣かない彼女が珍しく目を潤ませている。

大きな瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。


めんどくさいな…。

正直、そう思った。

「だからさ、今日は俺が悪かったって。
明日は必ず早く帰って来るから、最初からやり直そう。
とりあえず今は風呂に入らせてよ。
風呂出たら、君の気が済むまで謝るからさ」

俺はそう言ってリビングからバスルームへ向かう。

途中、ダイニングルームの方へチラッと目をやると、テーブルの上には所狭しと料理が並べられていた。

さすがに少し胸が痛む。

風呂から上がったら、少しでも食べてやろう。

ワインの一杯も付き合ってやろうか。

そうしたら、少しは機嫌が直るだろうか。

そんな風に軽く考えながら、俺は風呂に入った。

そして風呂から上がった時、リビングに彼女の姿はなかった。

へそ曲げて寝ちゃったか…?

マジでめんどくさいな…。

寝室に行ってみたが、彼女はいない。

呼んでみたし、他の部屋も探したがやっぱりいない。

どうやら彼女は家から出て行ったらしい。

こんな夜中に‥?

彼女の携帯に電話してみたが、一向に出ない。

『どこにいる?』
とLINEしてみたが、1時間以上経っても既読にさえならない。


ーもう勝手にしろ。そのうち帰って来るだろー

そんな気持ちで、俺はベッドに横になった。