◆ Side椛



やばい。

何がやばいって……俺の心臓、が。



「っ~……まじかよ……」



油断してた。この間も姫はいっちゃんの「狙ってる」発言に赤面してたけど。

さっきキスしたかされそうだったかで、あんな風に瞳を潤ませて真っ赤になるのはさすがにまずい。不覚にも"かわいい"と思ってしまった。



そのせいで目が合った瞬間に、このままじゃやばいと思って引き返してきたけど。

……脳裏に焼き付いた彼女の顔が、離れない。



ドク、と大きく脈打つ鼓動の速さもいつもより早い。

まずい。このままじゃ、本当に……



「どこ行ったのかと思ったら、

こんなとこでしゃがみ込んでたのかよ」



ハッ、と。

背後から聞こえた声に顔を上げれば、パーカーを羽織って片手にタオルを持った莉央。乾いたそのタオルを投げ渡されるから咄嗟に腕を伸ばして受け取った。




「……来るならルノだと思ってたわ~」



どうやら使え、ということらしいから、ありがたく渡されたタオルで水滴の滴る箇所を拭う。

プールから出てサンダルは履いてきたものの、タオルも取らずに来てしまったからぼっとぼと。というか、そんなこと気にする余裕もなかった。



「ルノも来ようとしてたけど先に来た。

いまあいつと話したら、お前ら喧嘩すんだろ」



「……俺とるーちゃんは仲良いよ~」



「ルノはあいつのこと好きだろーが」



そう言われて浮かぶのは、一瞬脳裏から消えていたはずのおひめさま。

……好きだろうねえ。



じゃなきゃ。

信頼してる王様が狙ってる姫のことを、わざわざあんな風に挑発するような子じゃないでしょうに。