第九話 女の子って、難しい

「…皆川さんっ!」

翌日、仕事が終わった瑠衣を呼び止めたのは意外な人物だった

「…何でしょう?」

明らかに引きつった笑みを浮かべた瑠衣が振り返ると

「いまお時間、大丈夫ですか?」

美里が笑顔で立っていた

本当は用事を思い出したとか言ってそのまま帰れば良かったのかもしれない

だけど昨日の一件があってから、美里に直接聞きたいことも瑠衣の中にあって

「大丈夫、です」

思わずそう言っていた


美里の運転で連れてこられたのは病院からほど近い駅の近くにある飲食店

「ここのご飯、すごく美味しいって有名なんですよっ!」

嬉しそうに瑠衣の手を引いて店内へと入る美里

「え、ちょっ…!」

「いらっしゃいませ!二名様ですか?」

「はいっ!」

「かしこまりました。お席までご案内します」

店員に案内され、二人は窓際の席へと通された

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

店員が一礼して去ると、美里が言う

「ごめんなさい、急に。

でもどうしても、今日皆川さんと話がしたくて…」

上目遣いで話すのは癖だろうか

瑠衣は口元を引きつらせながら精一杯の笑顔をつくる

「皆川さんは何がお好きですか?
私ここのオムライスがすごく好きなんですけどー…」

メニューを見ながらあれこれ楽しそうに話す美里

「ええと…」

程なくして注文が決まった

美里はオムライス、
瑠衣はナポリタン

注文を終えると、こほんと咳払いをした美里が切り出した

「…皆川さん。
実はどうしても、あなたに話しておかなくちゃいけない事があって」

「…私に?」

何のことだろうか。

瑠衣は早く帰りたい一心で何も考えられずにいた

「…牧野、郁也さんの件です」

「…え?」

申し訳なさそうに言う美里に目を見開く瑠衣

「…数年前、牧野さんと皆川さん、お付き合いされてたんですよね?

私、当時色んな人からお誘いを受けたりしてたから…全然、何とも思ってなくて」

幼い頃から幾度と無く告白をされてきた美里

当然、一人一人の顔や名前なんて覚えているはずもない

それなのに何故、郁也の事を覚えているのか

瑠衣の頭に疑問が浮かんだ

「…牧野さんがうちの病院に入院してきた日、牧野さんが先に気づいたんです
『久しぶり』って
だけど私、全然思い出せなくて」

「…それじゃあ、なんで私とあの人が付き合ってたって事、知ってるの?」

「牧野さんから聞きました。
当時の事も、お二人の事も…」

郁也から話を聞いたことで、当時の事を少しずつ思い出した美里

「私は当時、恋愛に全くと言っていいほど興味はありませんでした

なのでー…」

「興味無かったにしても、あの人と付き合ってたんでしょ?」

言いかけた美里の言葉を遮る

「…いいえ。私は彼を受け入れませんでした」

意外な言葉に驚く瑠衣

「彼とあなたが市街で仲良さそうに歩いていたのを、当時の私は少し前に見かけていたんです

だから、あなたが居るのに私にそう言ってきた彼が…信じられませんでした」

「でもあの人、私と別れてからあんたと付き合ったんじゃ…」

「いいえ。
丁重にお断りさせていただきました」

瑠衣の存在を知っていた美里はスッパリと郁也の告白を切り捨て、それから一度も会っていなかったという

「…あなたが私をあまりよく思っていなかったのは、分かっていました

だけど、その原因がずっと分からなかった…」

「…」

「彼からその話を聞いて、ようやく理解したんです

…あぁ私、恨まれていたのかなって」

「…」

言葉も無い瑠衣はだんまり

「ごめんなさい、もっと早く気づけていたら…

いや、気づけてもこうやって話が出来ないと…意味、なかったですよね」

しゅん、と落ち込む美里

「…皆川さんを傷つけるつもりじゃなかったんです

何にせよ、それがわかった時すぐにでもあなたに伝えるべきでした
本当に、ごめんなさい」

深々と頭を下げる美里に慌てる瑠衣

「い、いやいやいや!

水上さんが謝らなくていいよ!
悪いのは全部、あいつだし……」

瑠衣の脳裏に郁也が浮かぶ

「…だけど、確かに少し恨んでたっていうのは…あったかも」

瑠衣の言葉にハッとする

「そう、ですよね…」

「でも、それって妬みだったんだよね」

「…妬み?」

「そう。

水上さん美人だし、取られても仕方なかったんだけど…何だか悔しくて」

それから瑠衣は当時の話を美里にした

瑠衣の話を聴きながら、本当に仲が良かったんだと美里も嬉しそうに話を聞いた

「あんな人、見返してやりましょう!

皆川さんなら、きっともっといい人が見つかるはずです!」

ガッツポーズをして見せた美里

それが何だかおかしくて、瑠衣は自然と笑っていた

「…また、こうやって話そうよ
今度は水上さんの話も聞きたいし」

「はい、ぜひ!

…皆川さんさえ良ければ、私も瑠衣ちゃんって呼んでもいいですか?」

「敬語も使わなくていいよ、同い年なんだし」

「…はい!」

長年のつかえが取れたように、瑠衣の心が少し軽くなった気がした


「…ただいまぁ」

美里と別れて家に帰った瑠衣

遠くの部屋からトコトコと小さな足音が近づいてくる

「ふーちゃん!」

にゃぁーと小さな子猫は嬉しそうに瑠衣の元へと駆けてきた

「ごめんねぇ、最近忙しかったから…
全然構ってあげられなかったよね」

子猫を抱き上げた瑠衣は荷物と共にリビングへと運ぶ

「いま、ご飯にするね」

冷蔵庫を開けて材料を取り出し、晩御飯の支度に取り掛かる

「〜♪」

鼻歌交じりに料理する瑠衣の元に、いいタイミングでインターホンが鳴る

「?はーい!」

パタパタと玄関に駆け、がちゃりとドアを開くと…

「おう、いたいた!」

「やっほ〜♪」

現れたのは、千尋と英治

「あ、ついでに楓くんもいるよ!」

「神崎ちゃん、ついでって…」

英治の後ろから、楓もひょっこりと顔を出した

「えと…みんなお揃いでどうしたの」

「ふっふーん♪
今日はね、みんなでパーティしようと思って!」

「パ、パーティ?」

ぽかんとする瑠衣にニンマリ笑顔の千尋

「そうそうっ、それじゃお邪魔しまーす!」

「ちょ、千尋?!」

瑠衣ごと中に入った千尋は英治に持ってもらっていた荷物を預かりキッチンへ

「…千尋、今日何もない日よ?
わざわざここでしなくても……」

「え?嘘。ほんとに忘れてるの?」

呆れ顔の千尋の足元に、何かが触れる

「あれ?!
瑠衣、猫ちゃん飼ってたっけ?!」

かわいい〜!と言いながら子猫を抱き上げる

「…最近飼い始めてさ。ふー、っていうの」

「ふーちゃんかぁ〜こんにちは!」

ふーに千尋が顔を近づける

「あ、だめだ今お相手してあげらんない
英治〜楓くん〜!ふーちゃんのお相手よろしくぅ!」

「のわあっ?!」

千尋がふーを高く英治の方へと上げると慌てて英治がキャッチする

「「こら!!」」

瑠衣と英治からのダブルチョップ


「いっ…!たぁい……」


「投げちゃだめだろ、バカ」

「生き物なんだから、大事に扱ってよね!」

「ご、ごめんてば…」

全く…と瑠衣と英治がため息をつくと

「…ふはっ」

遠くから、それらを見ていた楓くんが笑っていた

「ほんと、飽きない」

柔らかく、優しく笑う楓を見たのはいつぶりだろうか

瑠衣の胸が高鳴った

「…それはそうと!瑠衣!!」

「は、はいっ!」

ビシッ!と瑠衣を指す千尋

「あんた、ほんとに今日が何の日か覚えてないわけ?!」

「えぇ…ええと……」

必死に考えてみたが…
やはり、何も思い浮かばない

「…ごめん、何の日?」

「んもう!…じゃあ瑠衣は英治や楓くん達と待機!以上!」

「…え、」

ほら、行った行った!

そう言って、千尋は瑠衣をキッチンから追い出す

「えぇ…ここ、私の家なんだけど…」

キッチンを追い出された瑠衣はやむなく寝室へと来た

「…頭、痛い。少し寝よう……」

人一倍、昔から寝付きの悪い瑠衣

そのため睡眠不足にしょっちゅう悩まされていたため、度々睡眠薬を使うことさえあった

「…飲んで少しゆっくりしとこ」


ベッドに横になった途端、ゆっくりと意識が遠のいていく

…疲れたなぁ

あれ、千尋たちは何で今日うちに来たんだっけ…

色々考えることはあったが…

数分もしないうちに、瑠衣は深い眠りについた