過去は多くの子供たちが遊んだ広場。今となっては私有地となり立ち入り禁止となってしまったそこで、一人の少女がボールをついて遊んでいた。

 子供は嫌いではない。長年、本当に気が遠くなるほど長い間、私は子供たちがここで遊ぶのを見つめ続けていた。その間、何度も私は子供と友達になったし、その分だけ別れを経験してきた。

 そうして子供が、人間自体がこの場所に立ち入らなくなって数十年。迷い込んできたのはボールを持った一人の少女だった。

 私はまず、いつの間にか子供というものの纏う服が着物から洋装に変わっていたことに驚いた。だからもっと近くで見てみたくなって、池から上がってそっと彼女の様子を窺ったのだ。

 少女は五歳ぐらいに見えた。肩下ぐらいまでの髪を真っ赤なリボンでまとめており、服装はひらひらした白色の服(後々になってワンピースというものだと知った)を着ていた。

 珍妙な子供だ。親は一体どこにいるのだ。見渡してみても、どこにもその影は見えない。大方ここが立ち入り禁止だと知らずに入ってきてしまったというところだろう。

 事と次第によっては、さりげなく人里まで誘導してやるのもやぶさかではない。そう思い始めた時、少女の持っていたボールが、彼女の手の中からぴょんと飛び出て、池の方へと飛んでいってしまった。

「あっ」

 少女はそれを追いかけて池の方へと近づいてくる。私は咄嗟に木の陰に隠れた。

 ぽちゃん、と情けない音を立ててボールは池の中に落ちてしまう。そうして、ぎりぎり少女の手では届かないぐらいの位置にぽっかりと浮かぶのだった。

 少女は当然のように池のふちに膝をついて、ボールへと手を伸ばした。そして、ぐっと伸ばされて震える指先がボールに届きそうになったその時、少女の体はぐらりと傾いて、池の中へと吸い込まれ――

「危ない!」

 私は慌てて池のふちに駆け寄ると、水かきのついた手で彼女の手を引き留めた。

 少女はきょとんとした顔で手を繋いでいる私を見た。頭の皿と顔のくちばしを見た。私の、河童の姿を見てしまった。

 ――しまった。見られた。

 どうするべきかと焦りながら、少女を池のふちに座らせる。少女は自分の身に何が起こったのか分からず最初口をぽかんと開けていたが、やがて自分が危ない所を助けられたことに気付いたらしく、私に無邪気に笑いかけてきた。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 繋いだ手の温度。まっすぐに向けられる感情。

 私に向けられたその笑顔に、私は年甲斐もなく恋をしてしまったのだ。