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<30年前> 1970/?/?/ ?:?


そこは暗い暗いトンネルだった。


だれもいない。
虫も鳥も、もちろん人間も。


でもあたしは、あたしだけが
ここにずっといる。



何日も、何日も。



きっと今は真夏だろう。
コンクリートが焼けるように熱い。



ちらと目線を移してみれば、
腐敗してぶよぶよになった腕が見える。



それもそうだ。何せ
ずっと何も食べていないんだから
体は腐るに決まってる。


痛みはもうなかったけど
ドロドロになっていく腕や足を見るのは


おかしくなってしまいそうな程
嫌な光景だった。


空腹よりそっちの方が何倍も辛かった。



いつからここにいるんだっけ。






…あぁ、あの日からだ。


…あの日もまた


いつもと変わらない1日になる
はずだった。


確か…8月に入ったばかりだった。


学校から帰って、お母さんの作ってくれた
べっこうあめを食べて


宿題に取り掛かろうとしていた
私の耳に突如届いたのは野太い声。


『捕まえろ!あいつを捕まえるんだ!』


そう。これが始まりだ。


その時は2階の自室にいたせいか、
声の内容は聞き取れなかった。


『あっ貴方達いきなりなんですか!?
まさか…“媛乃(ひめの)”っ!!!逃げて!』