日曜日の午前中、オーブンから甘い匂いがする。

そっちの方を見遣ると型に入ったシフォンケーキが炉内から出されるところだった。

「お母さん、何を焼いているの?」

私は母に尋ねてみた。

「抹茶のシフォンよ」

母は簡単に答える。

オーブンから出した後、逆さにして粗熱を取り、型から外して切り分ける。

甘さは控えめで、抹茶の味もした。

月曜日、クラスの男子が私に話しかける。

「突然だけど、今週末に新潟へ行かないか」

「新潟へ?」

私はおうむ返しに言う。

「そうだ。高速バスで新潟に行こう」

彼は何か隠しているようだった。

「新潟の何処?」

「勝木だよ」

「『ガツギ』って何処?」

「村上市だよ。温泉も入れるんだ。良かったら金曜日の高速バスを取るから行かないか?」

「行ってみようかな……」

学校から帰ると母に村上市へ行くと連絡した。

「そしたらおやつを用意するわね」

その言葉で私の運命は決まった。

そして金曜日。

私と新潟行きの話を持ち掛けた男子―――佐々木浩二―――は夜のバスタ新宿へ行き、新潟行きの高速バスに乗った。

翌朝の万代シティバスセンターで降り、新潟の町を歩く。

東京よりは田舎だけど意外と都会だった。

佐々木君は私を新潟駅前の『檜屋』へ案内した。

そこで朝食にして少しだけ話した。

コンビニで昼食にするものを買う。

新潟駅に行くと。電光掲示板に電車の案内表示が並んでいる。

「あの列車で行くんだよ」

佐々木君が指した先には……。

『10時13分 「きらきらうえつ」 酒田 8番線』と書かれていた。

彼がくれた切符には『指定券 「きらきらうえつ」 新潟→勝木 1号車 6番A席』と書かれている。

「先頭の車両になるな」


彼に連れられて8番線まで行くと仮説のホームにカラフルな電車が来るところだった。

指定された席に座ると佐々木君が買ってきた加賀棒茶を注いでくれた。

「これ、家の母さんから」

私は袋に入ったシフォンケーキを2切れ、彼に差し出す。

「『こびり』か。嬉しいな」

彼が喜んでいるのは解るけど、彼が言った『こびり』の意味が解らない。

「『こびり』というのはおやつのことだよ。うちの祖父ちゃんと祖母ちゃんが佐渡の出でさぁ」

佐々木君はケーキをつまみながら言う。

全車指定席の快速『きらきらうえつ』は定刻の10時13分に新潟を出ると豊栄、新発田、村上と停車する。

村上を出てしばらくすると日本海が見える。私は彼に問うた。

「あの島は何?」

「粟島だよ。この辺りから見ると大きいね」

桑川駅に停車すると『笹川流れ 夕日会館』の文字が大きく掲示されている。

「山岸、撮るぞ」

この日の私は白のワンピースにパステルブルーのカーディガンを羽織っている。
ファインダーの中の私はどう見えるんだろう。

写真撮影を終えて直ぐの11時27分に桑川駅を発車した。