「なんで君はそこまで愚かなんだ!」

詩音の言った言葉が明の胸に刺さる。

そんなこと明にもわかっていた。

怠惰でどうしようもない自分に、腹が立つ詩音の気持ちも理解していた。


それでも彼はこれ以上バレエを続ける気力がなかった。

だって彼女はもう振り向いてくれないのだから。

-----------------回想---------------

3年前

「よし、準備完了っと!」

リュックを背負い、手提げバックを肩にかけ

「じゃあ母さん、俺行ってくる!」
そう明が呟くと明の母、相沢未夢が寝室からひょこりと顔を出す。

「明くん今日は気合い入ってるねえ~、失敗しないでね?」

「わーってるよ!そんじゃあね!」

「行ってらっしゃ~い」
引き戸をパシャンと閉めて明は走り出した。

今日は市内の小さなコンクールがあり、それに明はエントリーしている。
そのコンクールは高校生部門で33人がエントリーしていて、コンクール初心者が多かった。
しかし明は7回目のコンクール出場だった。
出場したコンクールはすべて予選敗退で、コンクールのレベルをどんどんさげた結果、このコンクールにたどり着いたのだ。
つまり明のレベルはどん底だった。

舞台劇場は走って10分。
まだ時間もあるし、かなりの近場にあるので走らなくてもいい距離なのだが・・
まるで幼稚園児のようだ。


「ついたぁぁあ!」
はぁはぁと息が荒くなる。
本番前なのに。バカである。

「よぉ、明!」
そんな彼に声をかけたのは明らかにバレエダンサーとは思えない金髪男子だった。
「おぉ、賢護!久し振りじゃねーか!」
夏川賢護。彼は明が月に1回通ってる教室の先輩である。
「おい、一応俺先輩だからな!?確かに敬語は要らねぇって言ったけどさあ・・・」
「まぁ、いいじゃねーか!んで?賢護もでんのか?」
「俺はでねえよ。妹の手伝いだってさ」
「そっか。あいつも出るんだった。お前も大変だな・・・」
「ホントだよ。あのバカ、化粧も着替えも一人で出来ねーから、兄貴の俺が面倒見てくれーってかあちゃんに言われてよ・・・」
賢護はため息をつきながら右手で頭をかく。
「お前の妹超頑固バカだし、挙げ句の果てに先生達に「おい!」とか平気で言いそうだしな。付き添い人がいないとそりゃ心配だよなー」と明がのんきに呟くと、


「誰が頑固バカだ、誰が!!!」
と明の後ろからデカイ声が聞こえる。

明が後ろを振り向くと、顔が赤くなっている夏川詩音の姿がそこにはあった。

「お、どこいってたんだ詩音。お兄ちゃん探してたんだぞ?」
「うるさいバカ兄貴!兄貴がどっかにいったから探してたんだぞ!」
全く違う。
夏川詩音が劇場に着いた後、すぐに「相澤明を探してくる!」といって劇場に走り抜けて迷子になったのである。
つまり、
「明を探して迷子になったんだろ。」
「ッツ!!!!」
詩音の顔がもっと赤くなる。
「なななななんで!私がコイツを探すわけないだろ!?なんでこんなド下手くそ野郎を私が探さなきゃいけないんだ!」
明の顔がムスッとした顔に変化する。
「おい、好き勝手言いやがってこの野郎!俺の方がお前より先輩なんだぞ!」
「はっ、先輩?君の何処が先輩だって?それに君も兄貴に敬語なしで喋っているじゃないか!」
「敬語とかの話じゃねーだろ!」と明がデカイ声を出す。

と、ここで明がおかしなことに気づく。
今日の舞台は中学生の部と高校生の部がある。
当時明は高校1年生で、詩音は中学2年生。
中学生は12時半から場当たり(舞台で行う場所確認のこと)で今の時間は12時。

ということは・ ・・

「それより夏川詩音。お前そろそろ準備しねーとまずいんじゃねぇのか?」
「?何を言ってる。私は君と一緒の部で後3時間くらいあるじゃないか。」
やっぱり。
「ちょっと待て。俺は確かに3時間後に本番だ。高校生の部。でもお前は中学生だよなあ?」
「え、中学生と高校生一緒の部じゃないの?」 
賢護がそう呟く。
「一緒じゃない!」
「うっっそおおおおん!」
賢護の顔が真っ青になる。
「おい、詩音!お前確かにこの時間だっつったよなあ!?」
「ああ、言った。実際そうじゃないのか?」
詩音はいまだに現状を理解していない。
「ちげーよ!ばか!中学生の部あるんじゃねーか!」
怒鳴りながら賢護は時計を見る。
「あと30分で場当たりじゃねーか!ほらバカ!急ぐぞ!」
「バカバカうるさいぞ兄貴!そんなにバカバカ言ってたら兄貴の方がバカになるんだからな!」
「いいから早くしろ!あーもう!」
賢護はそう言って、なかなか急ごうとしない詩音を担ぎ上げる。
「バ、バカ兄貴!おろせ!おーろーせー!」
「じゃあ、明頑張れよ!応援してるから!」
バタバタ動く詩音を無視しながら、賢護は明に軽く手を振る。
「おうよ、お前も詩音も頑張れよー」
そう言い放った瞬間、賢護は詩音を抱き上げながら猛スピードで走り抜けた。



エントリーシートの確認と着替えを済ました明は練習室へとはいる。
練習室は3、4人ほどしかいなく、十分に練習出来る広さだった。

ストレッチを終わらせた後、本格的に体を動かす。
今日の明はいつもより調子がよく、体が軽かった。
そして自信もあった。
今まで受けて来たコンクールすべてが上手くいかず、悔しくなり研究を重ね、実力も徐々についてきていた。
努力だって人一倍してきた。それは事実だ。

そんな彼が練習を終わらせ、楽屋に戻ろうと練習室をでる。
すると、
「あき君・・・?」
明の後ろからまた女性の声が聞こえる。
ただ詩音とは対照的な、優しい声だった。
明が後ろを振り向くと、金髪ショートカットの美少女の姿がそこにはあった。
「やっぱり・・・あき君だ・・・」
彼女は今にも泣きそうな声で呟く。

それが彼女、村川世実むらかわよみとの再開だった。