【さくらゆ】




 今日でお別れだから、確かに一緒の時間を過ごしていたという証だけは、欲しいなって。第二ボタンだけは貰っておきたいなって。毎日毎日考えて、日に日に緊張が増して、ついにその日がやって来た。やって来てしまった。


「いい? 卒業式が終わったらダッシュだよ? じゃないとすぐに持っていかれるから」

 友だちの菜々ちゃんに、本日三度目となる台詞を言われ、こくこくと何度も頷いて見せた。菜々ちゃんが何度も同じことを言ってしまうくらい、わたしは朝からぼうっとしていたらしい。
 わたしもそれは感じていた。なんだか足が地面についていないような。まるで三ミリくらい浮いているような。そんな感覚だった。


 大好きな健一先輩は、今日この高校を卒業する。
 軽音部所属で、バンドを組んでいる健一先輩は、とにかくモテる。文化祭で演奏する度、ライブハウスで対バンをする度、着々とファンを増やしている。
 だから早く行かないと他の女の子たちに、ボタンはおろか、校章や学年章や鞄まで持って行かれるかもしれない。

 だったら前もって予約なり告白なりをしていれば良かったのに、とも思うけれど。そんな勇気はなかったのだから仕方ない。
 勇気を出すのは一日が限界。だから今日一日に賭けて、絶対にボタンを貰いに行こうと思っていた、のに……。


 早速問題が発生した。
 自分のクラスのホームルームを終えて、ダッシュで三年生の教室に向かったのに、健一先輩の姿がない。他の子たちも、健一先輩のクラスの人たちですら、いつからいないのか、どこに行ったのか分からないようだった。
 健一先輩とバンドを組んでいる梅原先輩と金子先輩なら行き先を知っているかも、と探したけれど、ふたりの姿もなかった。


 健一先輩のボタンを早々に諦めた子たちがぞろぞろと去って行き、諦めきれない子たちは校内を走り回っていた。もしかしてトイレかもしれない、と男子トイレの前で待ち伏せする子たちまでいた。

 わたしはというと、健一先輩が所属していた三年六組前の廊下に立ち尽くしていた。
 胸いっぱいに溜めていた勇気が、しおしおと萎んでいくのが分かった。