ケータイ小説 野いちご

夏が崩れる音がした

遠く霞んでいくように

カナ カナ カナ と鳴く蜩(ひぐらし)の声が、教室から離れた空き教室に淡く響く。

色で表すとするならパステルではなくて、きっとセピアがかった原色だろう、なんて柄にもないことをつい思ってしまった。

きっとこんな昼下がりに電気を灯さないでいるせいだ。

そんな俺の考えなんて知らない菜子(なこ)は椅子に座って「暑い」と項垂れ、赤い半透明の下敷きで風を仰いでいる。


「なんで冷房ないの、ここ」

「空き教室で勉強したいって言ったの、菜子だろ」


溜め息混じりの俺の言葉に、菜子は膨れっ面をして机に突っ伏した。

菜子の腕の下には、さっきまで解いていた数学の参考書とノートが広がっている。


「だってさあ、ここに来たかったんだもん」


机をなぞる菜子の言葉に俺は納得してしまった。俺も同じ気持ちだった。


「懐かしいよねえ、この前までここで部活してたんだよ?」


3年生に進級すると同時に、俺達は部活動を引退した。

俺と菜子は文芸部だった。同期は二人だけ。別に文学に興味はなかったけど、菜子がしつこく誘うから入部した。

活動場所はこの空き教室。主な活動は年に一度文化祭のときに部誌を発行するだけで、それ以外は特に何もない。

それなのに部長である菜子は、よく部活動と銘打ってここでお菓子を食べたり、取り留めのないことを話したり。試験前には勉強することもしばしばだった。


「引退したのにここに来ていいのかよ」

「いいじゃん、今誰も使ってないしさあ」


項垂れたまま「それに」と菜子は言葉を続けた。


「もう、ここに来れるのも、今年が最後なんだから」



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