「いやあー、あの日あたし本当にびっくりしたん
だよねー。だって、数ヶ月連絡もしてくれなかった兄が、とつぜん外出許可とれないか?って電話で言ってくるんだもん!そりゃ驚くでしょー」


 めぐが笑っていう。

「……まぁそうだな」



 すっげーちっちゃい、頼りげのない声が出た。


 俺ダサいわ。


「あたしね、その電話が来てほっとした。ビックリしたけど、ほっとした。お兄ちゃんは楽しく過ごしてるんだなぁって思ったら、すごくほっとしたんだよ!」

「……なんで」

「えーだって、潤、私が寮に移る日、お父さんに【高校を卒業したら会社をつげ】って言われて、
嫌だっていってたじゃない?」


「……そうだったな」

俺たちの両親はファッションブランド会社の会長と社長で、俺は中一の時に親に会社を継ぐ話をされた。

中一の時に、そんな将来の話なんかされたくなかったし、あづが好きだった俺は、会社を継ぐことを言ってきた親といつも喧嘩になっていた。

恵美はそのことを気にしていたんだろう。

「でしょ?私が寮に入る前は、もう毎日のようにお父さんと喧嘩してたじゃない? だから、私が大好きなお兄ちゃんが中学生活を謳歌してて良かったなって思ったの!」

――違う。それは、謳歌してるフリだ。


「……それ、フリだよ。俺は現実から目ぇ背けて、好きでもない女と付き合って、人生を楽しんでるフリをしてんだよ」


俺は将来を決めようとした父親も、自分の気持ちも無視した。

女遊びをしていたら、そのうち新しい好きなやつができて、自分は同性愛者じゃなくなると思っていた。


でも、そうじゃなかった。

「でもそれは、あづが大切だからしてるんでしょ?」



「お前、ムカつくっ……」



 涙を流しながら、掠れた声で俺は毒づいた。



 俺はあづが好きだ。たぶんこの想いは、ずっと消えない。そんなの辛いにもほどがある。でも、それでも、あいつが死ぬのを見過ごすのだけは、絶対に嫌なんだ。



 強くなりたい。



 逃げたいなんて思わないくらい、強く。