春兄が研修先から帰って来て次の日の土曜日、私は春兄の一人暮らしの部屋に遊びに行った。


出迎えてくれた春兄の顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。しばらく電話だけだったから、こうして顔を見れただけでもとても嬉しい。


「久しぶり、藍」


「うん!春兄もお帰りなさい!」


春兄に促され中に入ってテーブル前に座った。


前にお邪魔した時と何ら変わりないシンプルな春兄の部屋。実家の部屋もこんな感じだから、急に物が増えることもないのだろう。


私の今日の服装、ネック部分が緩いと鎖骨が見えてしまうため、なるべくタイトな物を身につけた。


やはり痕が半分ほどしか隠れなくて、化粧品を塗りたくって必死に隠した。


重ね塗りしすぎたせいか、肌の色と微妙に色が違うのが気になるが、パッと見ただけではわからない。


「藍、髪巻いてるの珍しいな」


春兄は緩く巻かれたセミロングの毛先を手に取った。その仕草にドキッとしたのだが、これは春兄の目線が首元に近い部分に向けられたから。


毛先を巻いた理由は、巻くことでボリュームが出て首回りが隠れるから。しかし、いつもとは違う髪型に興味を持たせてしまい、首回りに目線が移る。


「な、なんかそんな気分でさ!!」


変に意識してしまい声が上ずる。隠そう隠そうと先走る気持ちが裏目に出なければ良いのだけれど…


「いつもより大人っぽくていいと思うよ」


そう優しく笑う春兄にほっと安心した。


大丈夫だ、バレていない。


「いつもは子供みたいってこと〜?」


わざとらしく顔を覗き込むと、春兄は片手で私の顎を持ち上げてそっと触れるだけのキスをした。


一瞬のことで、何かを考える余裕もなかった。



「…可愛かったから、したくなった」


「はっ…春兄」


意地悪そうにそう言う春兄に心拍数が上がる。何でもサラッとやってのけるんだ。私はこんなにドキドキしているのに。


少しの間流れる無言の時間。甘い雰囲気になっていくのが嫌でもわかった。


「…なぁ、藍」


沈黙を破ったのは春兄。雰囲気に合う甘い声に、この先何を言われるのか予想できて激しく心臓が鳴る。


「…ん?」


急に恥ずかしくなった私はその甘い雰囲気を変えようとわざとらしく大きな声で返事をした。まだ、心の準備ができていないんだ。