「ギャオオオオオオオオンン!」

 その瞳に宿るは雷、吐くは炎、装甲のごとき鱗はどんな剣をも打ち返す――。

 その晩、出たのはドラゴンだった。
 それはおとぎ話に登場するものと姿形もそっくりに、クラウスめがけて紅蓮の炎を吐きかけた。

「くっ」

 防ぐ盾も溶けそうな熱に、クラウスは歯を食いしばった。

 物語ならばそこまで気にならないことだが、一体、このドラゴンという生き物はどうやって炎を吐き出しているのだろう。火山を食い、腹の中に溶岩を溜め込んでいるとでもいうのだろうか。百歩譲ってそうだとしても、どうして胃の腑が焼け切ってしまわないものか、疑問は残る。

 それに、あの鱗。金剛石より硬いのではないかと思われるそれは、泣く子も黙る王国騎士団、その団長であるクラウスの剣さえもいとも簡単に弾き返し、疵一つ、つくことがない。

 どこか急所は無いものか――炎の熱に耐えながら、クラウスはその巨大な姿を仰ぎ見る。

 世界の凶兆、ドラゴン。それを物語の騎士たちはどうやって倒すのだったか。

「ギャオオオオオオオオンン!」

 守りに徹する彼に焦れたように、ドラゴンが雄叫びを上げる。その瞬間、クラウスは盾を捨て、ドラゴンの左胸に思い切り剣を突き立てた。ドラゴンは断末魔を上げ――大広間の床にどうと倒れる。

「……今夜はこれで終わりだといいんだが」

 さすがに肩で息をしながら、クラウスはつぶやいた。そして、ドラゴン騒ぎも何のその、彼の後ろですやすやと眠る王女を振り返る。

 窓の外は白々と明け始めていた。視線を元に戻すと、クラウスが倒したはずのあの巨大なドラゴンの死骸は、広間から跡形もなく消えていた。