キラキラと輝く夜景に憧れていた。
都会で格好良く働くOLになりたかった。
あわよくば、都会に住む王子様と“運命の恋”に落ちてみたかった。

しかし、現実はどうだろう。

キラキラ輝くどころか、八方を山に塞がれたこの町では、夜も8時を過ぎれば家の灯りすらもまばらで(田舎に住む老人達は就寝時間が驚くほどに早い)。
私は今日も“横山鮮魚店”というロゴの入った可愛くも何ともない紺色の前掛け姿で軽トラに乗り、町中のお年寄りにお弁当をせっせと届ける予定だ。
そして、運命の恋とはほど遠い必然的な理由(町には極端に未婚の若者が少ない)で何となく付き合っている恋人と、今まさに朝食を共にしているところだ。

「ああ、香埜子(かのこ)」
「ん?ああ、はい(醤油)」

このように、名前を呼ばれただけで、日々の習性で醤油を取ってしまうような関係。
ドキドキもワクワクもほとんどないままに、惰性で付き合うこと三年。

いつの間にか二人の関係も、時々私が哲生(てつお)の家に度々泊まっていることも、町中の誰もが知るほどに広まっている(田舎では噂の広まる早さは尋常ではない)。
かといって、嫁入り前の娘が…などと咎められることも特にない。何しろ、深刻な過疎化が進むこの町では、若者が結婚して永住してくれることは何より喜ばしいことなのだ。
みんな、ちょうどいい相手がおってよかったなぁ、としか思っていないに違いない。

「今日も来る?」

身支度をして、家を出る前に哲生は振り返って尋ねる。

(どこに?)

心の中で思ったけれど、口にはださなかった。つきあい始めた時からずっと思っているけれど、哲生は言葉を省略しすぎる。
面倒臭いのか何なのか知らないが、普通ならば会話が成立しないレベルだ。
しかし、どんなに省略されようとも通じてしまうのが悲しいところ。

「いつも通りの時間ね」
「うん、待ってる」

哲生はいつも私のことを“待ってる”と言う。ほんの少しだけ嬉しそうに目を細めながら。
この瞬間だけ、私はとても彼のことが好きなのだと錯覚しそうになる。

ぶんぶんと心の中で頭を横に振る。

だめだ、だめだ。
彼が“待っている”のは、私ではなく私の弁当なのだから。