大正年間に建てられたネオバロック風の洋館は、煉瓦造りの二階建てで、ロの字の回廊になっている。
そこだけは現代的な電子ロックを文学部特権で解除して、靴を脱いで冷えた廊下に上がると、予想に反して近くから声が聞こえてきた。
おれは平《へー》ちゃんに耳打ちする。
「勝教授の研究室やユーラシア史の資料室は2階にあるんだけど、たぶん、いちくんたちは1階の給湯室にいるよ。声、そっちから聞こえた」
「なるほど。しかし、薄暗いな。何か出そう」
「出るらしいよ。回廊をぐるぐると」
「やめろ」
おれたちは忍び足で、明かりの洩れる給湯室に近寄った。
給湯室には扉がなくて、カーテンが掛かるだけだ。
今はそのカーテンも開いている。
いちくんと時尾ちゃんが向かい合っていた。
いちくんはこっちに背中を向けて、時尾ちゃんは少し不安げな顔でいちくんを見つめている。
唐突に、いちくんが言った。
「嫌いじゃない。好きだ」
え、マジ? いきなり大スクープ?
おれと平ちゃんは顔を見合わせた。