湯上がりぽかぽか。

大きめなTシャツにハーフパンツ。
ソファにドサッと座ると、ローテーブルの上にある文庫サイズの小説が目に入った。

身体を起こして小説に手を伸ばす。
しおりが挟んであるページを指で抑えてパラパラと斜め読み。
ミステリーもの。
すんなりと入りやすい雰囲気の文章に惹かれて、あたしは最初から読むことにした。


「あ、またか」


ミネラルウォーターのボトルに口をつけながら智樹が言った。
あたしはチラッとそちらを見てまた小説に視線を戻す。


「しおりの場所は動かしてないから」

「結末言うなよ」


あたしは基本的に小説は流し読み。
結末が待ちきれないときはうしろから読み進めることも。
智樹にはそれが見つかるたびに怒られている(笑)

ここは彼、栄智樹(さかえともき)の部屋。
彼とはつきあって1年ちょっと。
同じ会社で働いていて、智樹のほうが2年先輩。
最近の週末はどちらかの部屋で過ごすことがほとんど。

智樹があたしの隣に座った。


「…あのさぁ」

「ん?」


なんとなくいつもとは違う雰囲気。
あたしは読んでいた本を閉じた。


「札幌行くことになった」

「旅行?」

「仕事」

「出張?」

「んー…。まぁ、そんなかんじ」


智樹の答えがはっきりしない。
あたしはますますハテナがとぶ。


「どういうこと?」

「10月から半年間。向こうの社員とトレード」

「へぇー」


そんな制度があったなんて知らなかった。
あたしは単純に感心して返事をしたが、智樹にはそれが予想外だったみたい。


「そんな反応されると思わなかった」

「どういうのを期待したの」

「さみしいとか…??」


それを言った智樹も無いとわかっていて言っている様子。
あたしは棒読みでとりあえず期待に応えてみた。


「さみしいなぁ」

「まぁ、うん。さんきゅ」


苦笑いしながら智樹は立ち上がった。


「寝るけど」

「これ、もう少し読んでから寝る」

「ん」


少し不満げな雰囲気を漂わせている。
智樹がベッドルームへ行ったのであたしはリビングの間仕切りを閉めて明かりを消した。
ソファの脇にあるスタンドの間接照明を点けて、さっきの小説をふたたび開いた。