ケータイ小説 野いちご

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小倉ひとつ。

たい焼き屋「稲や」
5.積もるきっかけ

お休みの日になんだかたい焼きが食べたくなって、気づいたら稲やさんに足が向かっていた。


稲やさんのたい焼きは本当に美味しい。


いつも余りが絶対に出ないように調整しているから、お仕事中はいい香りに包まれるだけで、たい焼きを食べられない。


以前、味見した季節のたい焼きが美味しくて仕事終わりにひとつ注文したら、店員だし知り合いだし注文なんてしなくってもいいんだよ、あげるあげるとご好意でひとついただいてしまったことがあった。


稲中さんはとてもいい方だ。

うぬぼれかもしれないけれど、大変ありがたいことに、私を可愛がってくださってもいると思う。


だから、私があんまりちゃんと考えていなかっただけで、当然そうなるかもしれない流れだった。


それからは、お仕事の日にはたい焼きを食べないようにしている。

休日にお客さんとして買いに行けば、ご好意でいただくことにはならないので。


今日はいい天気だし、門扉、乾いてるだろうな。


金木犀の甘い香りに弾む足取りで、いつものお見送りを逆さまになぞって引き戸を引くと、ちりん、と優しい音が鳴った。


「いらっしゃいませ……あら、かおりちゃん!」

「こんにちは。お疲れ様です」


にこにこしながら声をかけてくれた稲中さんの奥さんに、食べたくなって、と伝えると、ふわりと笑ってくれた。


休日だからか、店内は相変わらず混んでいる。


どこに座ろうかな。


ぐるり、一周見回して。隅に、瀧川さんを見つけた。

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