「出来れば、病院行く前に付き合ってる人にもちゃんと言ったほうがいいよ。もしも妊娠してなかったら、このまま黙っちゃうでしょ?」


 産婦人科談義がひと段落して、話が千奈美の交際相手の夏樹くんに及ぶ。


「そうだよ~、千奈美がこんなに悩んでるんだから、夏樹くんも巻き込まなきゃ」

「千奈美ちゃん一人の問題じゃないんだから、相手の人にもちゃんと考えてもらおう」


 妊娠していたら、相手の人にも責任がある。
 だって、赤ちゃんはママとパパがいて初めて存在するものだから。

 でも、妊娠していなくても相手の人には責任がある。
 そういう考えは私にはなかった。

 だけど、そうだよね。
 千奈美がこんなに悩んで苦しんでいるのは、一人の問題じゃない。
 たとえ妊娠していてもしていなくても、仮に妊娠の悩みじゃなかったとしても、二人が付き合ってるから生まれてくる悩みや問題は二人で解決していかなくちゃ。

 一人で悩んで解決した気になっていても、それは悩みを飲み込んで我慢してるだけなのかもしれない。

 夏樹くんはちゃんと避妊をしてくれなかったっていう。
 千奈美が拒否しなかったからといっても、そんなこと関係なく夏樹くんは自主的にそうするべきだったんだ。

 だって、千奈美はもう十六歳で結婚出来ても、夏樹くんは十八歳になるまで結婚も出来ない。
 もし夏樹くんが結婚出来る年だとしても、まだ学生。
 無責任なことは、しちゃいけない。

 ちゃんと話し合って解決しなきゃ同じことの繰り返しになってしまう。


「千奈美ちゃん、大丈夫?」

「…………」


 俊輔くんに声をかけられても、千奈美は俯いているだけでうんともすんとも言わなかった。
 今までちゃんと話していたのに、もしかして体調が悪くなったのではと心配になる。


「千奈美~?」


 啓子が俯く千奈美の顔を机越しに覗き込むと、千奈美がなにかをつぶやいた。


「……ったもん!」


 上手く聞き取れなかった。
 なんて言ったんだろう。


「え~?」


 啓子が聞き返すと、千奈美は顔を上げて真っ直ぐに啓子を見つめる。
 いや、睨んでいた。
 険のある表情で、啓子に言葉を発する。


「言ったもん! 夏樹くんに、真っ先に、妊娠してるかもって……言ったもん!」


 そう言い切る千奈美の声は、どことなくすねた子供みたいに聞こえた


「それで、夏樹くんは~……?」


 今まで夏樹くんに言ったことを黙っていた。
 それを鑑みると、嫌な予感しかしない。


「言いたくない」


 千奈美はぷいっと啓子にそっぽを向く。
 横を向いた顔はちょうど私に顔を向ける格好で、閉じられた瞼の隙間から涙が滲んでいるのがわかった。


「言いたくない。啓ちゃんにだけは、ゼッタイに言いたくない!」

「なによ、それ。じゃあ、朋絵にだったら言うの?」


 啓子の言葉から間延びした感じが消える。
 ハラハラした。
 このままじゃ、また俊輔くんが来る前みたいになっちゃう。


「朋ちゃんだったらいいよ。でも、啓ちゃんだけには絶対に言いたくない!」


 千奈美は私からも目を逸らすように俯いて、キッパリと、ハッキリと、言い切った。