日本堤で猪牙舟を降り、衣紋坂を下って新吉原の遊廓の大門へ藤枝外記がたどり着く頃、江戸の空はすっかり暮れ泥んでいる。

外記(げき)は編笠の緒をほどいた。

大門をくぐると迷うことなく馴れた足で、引手茶屋へ向かう。

ほどなく。

引手茶屋の若衆に先導され、京町の大菱屋久右衛門の暖簾をくぐった。

「これは殿様、いらっしゃいまし」

不在であったらしい久右衛門に代わり、手代の吉三郎が出迎えた。

刀を鞘ぐるみ預けると、

「殿様、こちらでございます」

と二階へ上がってゆく。

二階の座敷には既に薄縁と座布団が敷かれ、座ると脇息を引き寄せてから、

「まもなく綾衣が参りますゆえ、しばしお待ちを」

と吉三郎が障子を閉めた。

が。

外記は手持ち無沙汰であったのか、格子窓の障子を開け放った。

すると。

賑やかな声と共に三味線や太鼓が聞こえてくる。

すぐに階段を上がる音がして、

「殿様、ようおいでくださいました」

と綾衣が手をついて挨拶の口上を述べた。