とつぜん、男の子の目の前で、たくさんのあわが光りながらうずまきはじめました。
 
あんまりまぶしいので、男の子は思わず目をつむりました。
 
光がおさまり目をあけると、そこには白いワンピースを着た、ひとりの女の子がいました。
長いかみをなびかせて、瞳はとじられていました。
 
女の子と男の子は、海の中で向かいあわせにただよっています。

「きみは……だれ?」
 
男の子が聞くと、女の子はゆっくりと目をあけました。
 
その目は、色とりどりの魚たちやサンゴに負けないくらいにきれいでした。
 
女の子がふわりとこんにちはと言ったので、男の子もこんにちはと返しました。

「きみはだれなの?」
 
男の子がまたたずねると、女の子は小さな頭をふって、

「ごめんなさい、名前は言えないの」
 
とあやまりました。

「だけど、わたしはいつか、あなたに助けてもらったことがあるの」

「ぼく、きみのことを知らないし、助けたことも、ないよ」
 
男の子がびっくりしてそう言うと、女の子は優しくほほえみました。

「あなたにはその記憶がないだけで、たしかにあなたが、わたしを助けてくれたのよ。 大丈夫、いつかわたしの言っていることがわかる日が、くるから」
 
男の子は、やっぱり女の子のことを思い出せないままでした。
 
けれどこのきれいな海の中では、そんなことはなんだかどうでもよくなってきます。

「ねえ、ここがどこかわかる?」
 
男の子はあたりを見渡しながら聞きました。
魚たちが、むれになって泳いでいます。
「ここはね、わたしの夢の中なの」
「きみの? じゃあ、ここはぼくの夢じゃないんだ」  

そうよ、というと、魚たちがふたりのまわりを回るように泳ぎはじめました。 どうやら、女の子がそうさせているようです。

「あなたはいま、〝自信〟をうしなっている。だから、この夢に招待したの。わたし の知ってる、あなたの素晴らしいところを、伝えるためにね」

「ぼくの、素晴らしいところ?」
 
男の子は、首をかしげて考えましたが、思いあたることがありませんでした。 「そう。たくさんあるのよ。だからわたしは救われた。
今度は、わたしがあなたを勇気づけて、助けるばんなの」
 
女の子がそう言うと、魚たちが大きなあわに姿をかえ、ふたりはそれに包まれまし た。男の子は強い光に思わず目をとじました。

夢からさめた男の子は、ふしぎな夢だったなあと思いました。

 ─〝ぼくの素晴らしいところ〟って、なんだろう。そんなの、ないよ。

そんなことを考えながら、今日も学校へ行きます。

男の子にとって学校は、〝ゆううつ〟な気持ちになるところでした。

なぜなら、男の子の苦手な、大なわとび大会の練習があるからです。

大きいなわがぐるぐる回る中にとびこみ、ジャンプして、ひっかからないように走りぬける。

それが、男の子にとってはとてもむずかしいのです。
 
いつも引っかかってしまうので、男の子の番がくるたびに、五年二組のなわは止まっていました。
 
そんなとき、友だちは男の子をはげましてはくれますが、心の中では、自分のことをじゃまものだと思っているのではないかと考えていました。

─ぼくが足をひっぱってる。ぼくがいないほうが、クラスの記録はのびるとおも う。ぼくは、いないほうが……。




男の子は、女の子の言うとおり、〝自信〟をなくしていたのでした。