僕の彼女は、青い傘が好きだ。


そして、雨の日が大好きだ。


大学の講義終わりの講義室、一息吐いた僕の耳に、跳ねた声が届いた。


「ねぇ想太(そうた)くん、雨だよ」


その声に窓の外を見れば、授業の始め頃には乾いていたアスファルトに水玉模様。

目が心なしかいつもより輝いてる彼女。

窓ガラスに手を当てて外を見て、僕を見ると、肩につくナチュラルブラウンが忙しなく踊る。

そんないつも通りの彼女に、また僕も、いつも通りで返す。


「本当だ、あ…傘忘れたかも」


いつも通り、天気予報を見忘れる僕。

確信犯では無いけど、楽しみが一つ。

窓を背に振り返った彼女が得意げに微笑むと、それが返事。


「心配ご無用だよ」


そう言って肩に下げたカバンから取り出されたのは、青い折り畳み傘。


「…夏見がいれば、一生天気予報見なくてもいいかも…あ」


言った後で自分の大胆発言に気づく。

まずい、コレは多分からかわれる。

彼女は、僕をからかうことも好きだから。

彼女の次の一手がどう来るか身構えていると、焦らすようにゆっくり言葉を落とす彼女。


「想太くん……」

「な、なに…?」


生唾を飲みこんだ。

でも僕は、この後大幅に脱力することになる。


「……夏見じゃなくて?」

「へ?」


おかげで、変な声が出てしまった。

そして思い出す。


「ぁ、……ゆ、夕雨(ゆう)」

「はい、傘なら任せて」


僕たちはつい最近、お互いを下の名前で呼ぶことに決めた。

でも君が楽しそうに笑うから、恥ずかしいけど嬉しい。

こんな風に彼女に翻弄される日常が、僕にとっての幸せなのかも。


「じゃあ、帰ろっか」

「今日…水曜日って想太くんバイト無いんだっけ?」

「うん、無いよ」


彼女の瞳がまた、きらきらと煌く。

うん、雨の日のデートも大好きだったね。


「よし、デート行こう!」


うきうき見上げてくる彼女を見つめ返す、少し色素の薄い瞳には僕が映っていた。

身長差は、夕雨が159cm、僕が170cmで11cm差。

その身長差も心地良い。


「ん、どこ行く?」

「この前は確か……図書館デートだったから…」


読書好きな僕たちのデートは、落ち着いて本を読める場所、または感想を言い合ってはしゃげる場所がほとんどだ。

もちろん、遊園地とか水族館とか、お馴染みの場所にも行くけど、普段の僕たちのお決まりはそれだった。


彼女は考え事をする時、真っ直ぐ前を見て顎をさする。

その仕草さえも、どストレート。

先に僕を見つけたのは君なのに、今では僕ばかり好きなように感じてしまう。


「あ、新しくできたオシャレな喫茶店あったよね?そこ、そこ行きたい!」

「いいね、駅方向だっけ?」

「そうそう」


校舎の階段を下りながら、あるいは廊下を歩きながら、これから行くお店について話した。

スマホで調べた情報をなんとなく伝える。


「コーヒーが美味しいらしいよ」

「じゃあ私、紅茶攻めてみよっかなぁ」

「うわぁ…なっ…夕雨さん鬼畜」


あっぶない……

苗字を言いかけた僕をじろりと目を細めて見据える彼女には、一生敵いそうにない。