「お願いがもうひとつあるんですが」
絵里子さんの手をまた握り返す。

「何かしら?」

「俺の留守中、愛車を預かってもらえませんか?俺の代わりにエンジン回して下さい。もちろん、税金や保険なんかはしっかり手配しておきますから」

「え?乗っていいの?」
ぱあっと表情が明るくなった。

「絵里子さんの運転技術なら安心して任せられます。俺からのお願いですよ」

「本当に?」
あ、凄い笑顔。
ちょっと待て、すごく嬉しそうじゃないか。

「…絵里子さん、喜んでますね。俺がいなくなってさみしいとかないんですか」
はぁっと大げさにため息をついてみる。
泣いてやろうか。

「いや、いや、さみしいに決まってるじゃない!さみしくて辛いわよ」
慌ててパタパタと顔の前で手を左右に振る。

「そんなに慌てて取り繕っても、ねぇ。目が笑ってますよ」
もう1度はぁっと大げさにため息をついた。

「そんな事ない!」
大きな声を出し、そして俺を見上げた絵里子さんの目は涙を我慢していたのか真っ赤だった。

「ごめんね。自分の車にやきもち」
驚いて絵里子さんの両肩を引き寄せて胸に抱いた。
ぎゅっと抱きしめると絵里子さんがひくっひくっと泣いてる気配がする。

「ごめん、意地悪して」
絵里子さんから香る甘い匂い。髪に顔を埋めてまた強く抱きしめる。
やっと手に入れた甘い香りにクラクラする。

「絵里子さん、好きだよ」
ひくっひくっと泣いてる絵里子さんの頭を撫でてちゅっとキスをする。
「お願い、どの位待たせるかわからないけど、待ってて。他の人のものにならないで」

「ん、……ねぇ」
絵里子さんは俺の胸に顔をくっつけたまま声を出した。

「大人になるとね、時間の進むのが早いの。すごく。若いときとは違う。…だから、待っていられる。心配しないで。あなたは自分のやりたいことに集中して」そっと俺を見上げた。

泣き顔もかわいい。
泣きながらふふっと笑って「年を取ったからこそいいことがあった。だって、待てるもの」と言ってまた俺の胸に顔をすり寄せた。

「絵里子さん」
たまらなくなって、キスをした。