義観とミサエの「真ホテルサンルート有明」



「君はどこか体の具合でも悪いのか?」彼は言う。

頭を押さえた彼女は「視界がおかしくって。でも、大丈夫です」彼女は自分の持病を悟られまいとする。何故なら彼女の持病は後数年しか働け無いのだが、彼女に寿退職する相手が見つかる理由が無いのだ。家事が出来ないくらい脳や心を患っている為だ。
このホテルを首になると言う事は餓死につながる為である為だ。彼女はまだ死に時ではない。そう心に決めている。神様を祈る思いだ。
ホテルの掃除係以外、彼女はお金を稼ぐすべが無い。


体を売る事は親不孝だし、彼女自身のプライドがソレを許さない。


しかし冷淡な言葉が彼から返ってくる「視界が悪い人間に、当ホテルのお客様に対する仕事が伝わると思うのか?」
「無理なら無理と報告するのが仕事に対する責任だとは思わないか」


君は我がホテルを、そんなにも見くびってるのか?
この私を奉公から副支配人にまで育ててくれた忠誠を誓う大切なホテル、それはお客様全てと従業員全てにある信頼関係と言う絆だ。

副支配人の無言の圧力に彼女は己のエゴをどうすれば良いのかわからなくなってしまい、その場に崩れた。
「でも…私」

「何」

「まだ死にたくないんです」

「副支配人、お客様全て職場の仲間全てを裏切ってでも、この誇り高い仕事を続けさせて欲しい」

「お願いします。お願い」

そこで彼女の意識が失われた。


やせ細って小柄な彼女を彼は少し悩んでおぶってゆく事にした。


彼は想う。
大切なこのホテルとこのホテルで殉職させてくれと言う、掃除係の彼女を…


勿論、彼はこのホテルを愛している。だが、殉職するのでは無く定年後顧問を終えたら、セカンドライフとして、お大師様(弘法大師·空海)に仕える覚悟をして、貧困な高野山の故郷 鶯谷から加賀にたどり着いたのだ。


お客様全てに「真心を」と真摯に思う彼は彼女の一途さに、彼の見て来た世界を…
違和感を感じた。
彼のその忠誠心は誰一人にも負けない筈だった。
だが、彼の忠義に負けず劣らず、彼女は、このホテルを愛してるのではないかとを…



彼は「死に場所」つまり命がけの彼女にそんな事を思ったのだ。

初めてだった。
こんな気持ちは…

お客様が全てだ。
奉公上がりの私を必死でこき使ってくださってのし上がった。ココまで


愛おしいこのホテルを、共に見守ってみたいと言う気持ち