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花京院社長と私のナイショな関係

1.おっさんと社長と私

花京院社長の肩の上にヒョウ柄の服を着たサングラスにパンチパーマのちっさいおっさんが、いる。



……落ち着け、まどか。いくら疲れているからってそれはない。
ごしごし目をこすって、後ろを向いて深呼吸。
週の真ん中水曜日、ノー残業デー。退社時刻を少し過ぎた会社のエントランスホールはいつもより人が多かった。
誰も騒いでない。
おかしな様子などないごく普通な夕方の風景。
何もない。あれは見間違い。気のせい気のせい。
さっき視界に入った物体を否定するために、そおっと振り返ってみる。

ほら。
やっぱり……。


おっさんと目が合ったああああああ――――――――――!!!



悲鳴を上げそうになった口を慌てて押さえて、よろけた足を踏ん張った。

エレベーターホールに向かって颯爽と歩いていく若くて切れ者でイケメンの社長様は、今日も素敵だけど肩に変なものが乗っていた。
ぬいぐるみとか人形じゃない、よね?いやそんなものを肩に乗っけてるのもコワイけど、なにあれなにあれなにあれ……!
しかも社長の周りを黒々とした煙の塊がぐるぐると囲んでいる。
黒い雲のように靄(もや)の塊が社長の周りに浮いている。

社長がおかしなことになってる…!

おっさんが肩に乗ってる時点でアウトだけど、黒いやつ、あれもきっとやばい。
下を向いてぎゅっと目をつむった。手が震える。怖い。
が、しかし。
社長なんて他人を心配してる場合じゃない。
私は一昨日から変なものが視えるようになってしまった。
週末に高熱出して以来、脳やら目やらがおかしい。
黒い靄みたいなやつは他の人や場所でも視える。社長のは他のとちょっと形態が違うようだけど。

「おい」

もう帰ろう。てか病院行ったほうがいい?でも気力ない。早く帰りたい。家帰って布団被って寝たい。タクシー使っちゃおうかな。いやダメ。お金ない。

「嬢ちゃん」

さっきのアレ、気のせい…にしてはリアルだった。ちっさいおっさんと黒い雲みたいなやつ。もう1回見てみようか。でも視えちゃったら怖いし。

「おい」

さっきおっさんと目が合ったって思ったけど、おっさん黒っぽいサングラスしてたよね?じゃあ目が合うなんてないよね?

「無視すんなや。話しかけとるやろ嬢ちゃん。あんたや」
「……すみません、御用はそこの受付でお願いします。」

どこの誰かは知りませんが私いま自分でいっぱいいっぱいなんでお構いできませんごめんなさい。
俯いた顔のまま会釈して、社会人としてダメな対応だけどそのまま立ち去ろうとした視線の先に、艶やかな黒皮の靴が入ってきた。

「ちょっと待って。君、ここの社員?」

さっきとは違う声、って超いい声に反応してうっかり顔を上げてしまった。
そこにはさっきエレベーターに向かっていた社長様。
と。肩の上のおっさん――――――――――!!!(声にならない悲鳴)


「まさか視えるのか?」
「あほ。この反応、視えとるやろ」

か、会話してる!社長とおっさんがしゃべってる…!
って社長、近づかれるとその黒いもやもやもこっちに来るからっ…!

「お、お疲れ様です失礼しますっ!」

生物的防衛反応が逃げるべしと言っている。
挨拶すると同時に体は出口に向かって走り出していた。

「待って」

が、できる社長は反射神経も優れていたらしい。腕をとられ足が止まる。
近くて見ると社長の周りに浮いている黒い雲は小さな塊が寄り集まっているもののように見えた。
社長の手が私に触れた途端、黒い靄が端からずずずっと私の手に吸い込まれる。

「あ」

がくんと力が抜けて床に座り込みそうになった私を社長がぐいと引っ張り上げてくれた。
社長の手から私の体にどんどん吸い込まれていく黒い靄。
その様子を、社長が驚愕の眼差しで見ていた。気のせいじゃない。
社長は視えている。

「君は…いったい?」

社長の周りに浮いていた、あの塊が全部、私の中に消えた。

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