冷静に考えなくても無茶をしていると思った。上手く手に力が入らないのに、字を書くなんて馬鹿げているにも程がある。お陰でどれだけ集中して書いても上手く書けない。

へんてこな線が顔を出して、こんなに読みにくい字はない。それでも余計なことを言わずに別れる方法を、私はそれ以外知らなかった。


 書き終える頃には本当に酷い字だった。何度も心が折れそうになって最後まで書ききったけれど、こんな酷い字、彼は読めないかもしれない。自然と溜息が出た。

もうそろそろ夜明けがやってくる。これ以上時間は掛けられない。一番言いたかった言葉をもう一度、丁寧に、伝わるように、大きく書いた。そして、震える手でそれを封筒にしまい、机に置いた。


 彼にもらったワンピースを連れて行きたくなくて、私が元々持っていた服に着替えた。最期に一度だけ、彼の顔を見たくて彼の寝室の扉を静かに開く。彼は静かに寝息を立てて寝ていた。

柔らかそうな金糸の髪の隙間に覗く白い肌が綺麗だと思った。彼は己がどれだけ恵まれた容姿をしているか、考えたことがないのだろう。それほどまでにその笑みは自然に向けられた。