ケータイ小説 野いちご

櫻の園

花締め



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「桃〜っ!!どっか出かけんの?」


玄関でスニーカーに右足だけはめ込んだところで、リビングからお姉ちゃんが顔を出した。きちんと化粧が施されたお姉ちゃんの顔は、結構美人だ。寝起きの顔は見られたものじゃないけれど。

あたしがうん、と頷くと、お姉ちゃんはちょっと待ってとあたしを手招きした。そのままリビングに引っこんでしまったので、仕方なくしぶしぶと靴を脱いでリビングへと向かった。

リビングの空気は温かで、コーヒーの香りが立ち込めていた。いつもは家族四人で座っているテーブルには、二つのコーヒーカップと、お姉ちゃんと、それに見慣れない男の人が座っていた。


「初めまして桃ちゃん」


自己紹介される間もなくすぐにわかった。優しくあたしに笑いかけるその顔は、どこかで見たことがあったから。

『竹内さん』だ。写真で見せてもらったことのある、お姉ちゃんの婚約者。


「…初めまして」

縮こまってペコリと挨拶すると、お姉ちゃんが笑った。


「今日はずいぶんおしとやかなのね、桃」

お姉ちゃんもあたしといる時よりずいぶん可愛らしいですけど、と心の中で悪づいた。あたしの眉がピクリと上がったのを見て、竹内さんもふんわりと笑った。


竹内さんの空になったカップにコーヒーを注ぐお姉ちゃんの横顔は、とても満ち足りたものに見えた。それはとても優しくて、竹内さんの雰囲気に似ていた。


長い時間を共に過ごすと、まとう雰囲気も似てくるものなのだろうか。


これからの時をずっと一緒に歩いて行く二人は、穏やかに互いを重ねていくことで心を一つにしていくのだろう。

なんだかお姉ちゃんが、とても大人な女性に見えてしまう。あたしがぼうっと突っ立っていると、竹内さんの方から声をかけてくれた。


「桃ちゃん、来週演劇を上演するらしいね。杏と見に行こうと思ってるんだ」

「え…?」

驚いて目を見開く。お姉ちゃんは、優雅にコーヒーカップを口元に当てていた。

「お姉ちゃん、知ってたの?」

「…佳代先輩から、連絡もらったの」


お姉ちゃんはとても晴れ晴れとした顔でにっこりと笑った。それは日々をただ懸命に追うだけの少女とは切り離された…青春を懐かしむ、大人の顔だった。



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