風邪はすっかり良くなり、カフェでも問題なく勤務して数日振りに龍峯に出勤すると、エレベーターホールで月島さんと会った。

「おはようございます」

「おはようございます。体調はいかがですか?」

誰かから私が風邪だったと聞いたのだろう。

「もうすっかり良くなりました。ご心配おかけしました」

「僕よりも聡次郎が動揺していました」

「聡次郎さんが?」

「ええ。三宅さんを働かせすぎているのではないかと心配していました。カフェはともかく、龍峯に出勤させるのを少なくしたらどうかと奥様や花山さんに相談していました」

聡次郎さんがそんなことをしてくれたのだとは知らなかった。思えば倒れたときは付きっ切りで看病してくれた。今も毎日体調を心配するLINEをしてくれる。

「聡次郎と正式に交際することにしたと聞きました。契約は解除しなければいけませんね」

「お願いします。いろいろとご迷惑をおかけしてすみません。月島さんは奥様が決めた相手とのお見合いが上手くいった方がいいんですよね……」

月島さんは以前聡次郎さんが偽の婚約者を立てたことが気に入らないと言っていた。龍峯の将来のためには聡次郎さんの縁談が上手くいかないといけないのに、私と付き合うことになってしまったら何もプラスにならない。

「それは違います」と月島さんは私の顔を見た。

「確かに龍峯のためには栄のご令嬢と結婚した方がいいです」

栄のご令嬢。銀栄屋のお嬢様のことをこう呼んでいるのを何度か聞いたなと思いながら、月島さんの話に耳を傾けた。