ある日 閉店間際



「そろそろ開店だな」


「そうだね。
今日もお客さんの入り、良かったよ。
春毘の料理も美味しいってお客さん言ってた」


「そうか、なぁ、愛与。
明日休みだし、お前を抱きたい」


俺は、驚いて、えっ、と間抜けな声が出
た。



「嫌だったか?」


「いや、そうじゃなくて、驚いた。
ド直球過ぎて、その……」


「回りくどいことは嫌いなんだよ。
それに、恥ずかしがるお前を見るのが楽しみだしな」



このやり取りは、慣れない

気恥ずかし過ぎる。



その時。


店の扉のベルがなった。


それは、お客が来たと言う合図

気持ちを切り替えて、お客のいる方を振り替えるとそこには――。


あまり、出くわしたくない相手が立っていた。


スラッとしたモデルのような体型で
人形みたいに少し冷たい印象を与える端整な顔立ちをしている。



帰蝶 命 (キチョウ ミコト) 29歳

命とは――、付き合っていた。
高校生から大学二年までの五年間。

思い焦がれ、毎日が幸福だった――。

けれど、大学三年に上がって直ぐに、
俺らの関係は、突然、何の前触れもなく終わりを告げた。

『親が決めた女性と婚約したから、別れて欲しい』

たった一言で、俺と命は別れた。

本当は、別れる理由を問い詰めたかった。
けれど、出来なかった。

嫌いだからとか言われたら、立ち直れないと思ったから、逃げたんだ、俺は――。



だからだろうか。
突然の訪問に、動揺が隠せなかった。


それを見ていた、春毘が命の前に立ちはだかった。



「何で、お前がここの店に来たんだ」


いつもの声とは違う。

威嚇しているようなとても低い声。



「こいつに、好きなものを食べさせようと思っただけだ」



視線の先には、小学生低学年くらいの男の子がいた。

恥ずかしいのか、影に隠れて出てこない。



「そんなの知るか、お前には――」



春毘は、俺が腕を引っ張ったことによって
言葉を止めてくれた。



「春毘、大丈夫だから、ねっ。
それに、怯えちゃってるし」


春毘が、少し大きい声を出したからか
男の子は小刻みに震えていた。