俺が最初に彼女を見たのは、菱沼精密に行くようになって何回か立ったときだった。
研磨機の前で、小さな身体で一生懸命部品を削っている。

そのときは、女の子があの作業をしているのは珍しいと思っただけ。
ムサい男だらけの現場の中で、女性ひとりでよく頑張ってるな、と感心する程度だった。


もちろん俺の工場にも女の人はいる。

でも、基本車の部品は重くデカく、かなりの体力を要し、さらには組み立てたりする際に危険なもので、基本的には女性は事務か、あまり危険を伴わない検査の工程に数人いるくらいだ。


まあ、菱沼はエンジンの内部のさらに細かな部品を作っている工場だから、さほど部品ひとつひとつの重さはそれほどではないけれど、でも、数を重ねていけば相当な重さになるはず。

現に軽々と部品の入った箱を持つ男の作業員を横目に、必死でその部品の箱を持つ彼女の姿を見た。


あれは軽く二十キロはあるだろう。
大変だな、……大丈夫かな。


なんて少し不憫に思ったこともある。


でも、本当にただそれだけ。

そのときは、そのくらいの興味しかなかった。



……それがいつだっただろうか。

いつものように、菱沼へと行き、部品のチェックをしているときだった。

ふと、研磨をしていた彼女に目が行く。

彼女はちょうど部品を削り終えたところで、保護メガネを額にあげて、部品をくるくると動かして削り残しがないか確認している。

そしてそれが終わった瞬間、彼女はふっと安心したような笑みを零し……。


俺は、その笑みにドキリとしてしまった。

何気ない、ただの笑顔なのに、やたらと可愛く思えてしまって。

どうしてか、心の高鳴りが収まらなかった。



その日の夜、目を閉じると彼女の笑みが浮かんでくる。

またあの笑顔を見たいと、そう思うようになってしまった。