「そんなところに立ってないで、こっちに来なよ」
はは、と笑ったその人を見て、私は彼が自殺を決意していたのではないと悟る。

でも、そうでないならいったい何をしているんだろう?
こんな夜中に、人気のない高台で、桜の大木の下に立って、おまけに手には太いロープを持っていて。

自殺意外に、あり得ないような気がするんですけど。

「あのぅ、僭越ながら、何をされているのでございましょうか……?」

不信感丸出し、といったように、私は馬鹿丁寧に口を開いた。
彼は答える代わりに小さく頷いて、こちらに向かって手招きをする。さっきの言葉通り、こっちに来いという意味らしい。

一瞬迷ったが、抗って襲われても怖いので大人しく彼のもとに移動した。

私が近づいてきたのを確認すると、彼は手に巻いていたロープをするりとほどいた。そして、「えいっ」と声を出して満天の星空にそれを投げ掛ける真似をする。

何がしたいんだろう、いよいよ訳が分からない。

「えっと、これは何ですか?……」
恐る恐る問いかけると、彼はもう一度明るく笑った。
「さっき、出会い頭にも言ったじゃないか。『星を捕まえてみないか?』ってさ」

唖然。何それ。完全にジョークの類いかと思って総スルーしてた。
まさか本当にそのロープで星を捕まえる訳じゃあるまいな、青年よ!?

私は口をポカンと開けながらただただ彼を見つめた。

しかしそんなことはお構い無し。彼は桜の木の枝に「よっ」と反動をつけて登った。

「簡単さ、やり方が分からないのなら教えてあげるよ。まず、このロープをしっかり握る。そして勢いをつけて回しながら、ここから飛び降りる。同時に回したロープをあの星のどれかに向かって、狙いを定めて引っ掻ければ、あっという間に星が捕まえられる。ロープにつかまっているから街に落ちて死ぬこともない」

彼は私を見下ろして、にやり、と笑った。

「あのですね。そんなこと、現実にはあり得ない話で……」

「うん、そうだね。君の言う通りだ」

「あなたは、あの、もしかして死ぬつもりなんですか?」

「だろうね。さっき俺の言ったことをそのまま実行したら、俺は落ちて死ぬ」

「……よく平然と言えますね」

「はは、ついでに言えば、落ちた衝撃で頭が石榴みたいに割れるだろうね」