「天原くん、消しゴム落としたよ」
北島冬子は、あくびを噛み締めるような気だるい口調で、前の席に座っていた男子生徒に囁いた。
「おお。さんきゅ」
冬子から“天原”と呼ばれた男子生徒が、これまた気だるそうに返事をする。
天原翔太。彼の名前だ。歳は冬子と同じ、高校一年生。
現在時刻は午後二時を過ぎたころ。先ほど食した弁当の味が、まだ舌の上に残っている。
「落として四回くらい音立ててバウンドしたってのに、気づかなかったの?」
「寝てたからな」
「食べてすぐ寝るなんて、わかりやすい生物だね」
冬子は、自分の足元に転がっている消しゴムを拾い上げた。形のよい、綺麗な消しゴムだ。