母が倒れたという知らせを受けて、
慌てて島に戻ってきたときには、
すでにもう、母はこの世の人ではなくて、

私は呆然と、まだ幼い弟を抱きしめて、
その場に立ちすくんでいた。

島の総合病院で、師長を務めていた母は、
夜勤上がりに家に戻ってきてから倒れたらしく、
弟で、小学5年生の隼大(はやた)が、
学校から帰ってくると、
母はすでに家で意識を失っていたらしい。

連絡をもらってあわてて船で帰ってきたものの、
母の臨終に立ち会うこともできず、
結局弟は、周りの何人かの大人と一緒に母を見送ったという。
父親を早く亡くしているから、
弟にとっては頼ることができるのは母親だけだったのに、
どれだけ不安な思いをさせたことか……。

そう思って、私は弟を何も言わずに抱きしめる。
弟は、それまで涙も見せずに気丈に振舞っていたらしいけど、
私の顔を見て、ぼろぼろと涙を流す。

それでも多分、母が亡くなったと
いう実感はなかったと思う。

私自身だってそうだ。
この間帰った時に、ごちそうを用意してくれて、
「勉強がんばりなさいよ~。
看護学校の3年は地獄だからねえ」
そう言って、豪快に笑っていた姿を思い出す。

そっと、物言わぬ母の顔を見て、
涙が零れそうになるのをぐっと抑えて、
そして、これからの生活に関しての不安を、
弟に伝わらないように、ぐっと飲み込んだ。


病室に入った時には、
『穂のか』のマスターや、近所の人
それに、なぜか幼馴染の貴志もその場にいたけれど、
それ以外にたった一人だけ
顔を見たことのない人がいて。

それが、彼、だった。