十二月二十二日



とても不愉快。

伝統と礼節を重んじるけど、たいして他の中学とは変わらない普通の公立で共学の帝都中学校。

特別何かあるといえば鐘が鳴らない古い時計塔ぐらいかな。


女子は黒のセーラー服に黄色のスカーフで男子は学ラン。


職員室以外は冷房完備などされていないのは健康的にどうかと思ってしまうけれど私立ならともかく公立なら当たり前なんだろう。


全校生徒は何人いるのか忘れたけれど体育館ギリギリの人数。厚いカーテンで窓を閉ざされていても季節は真冬

今日も登校している時に雪で滑りそうになっていた生徒はたくさんいた。


学校に着くために坂道を登らないといけないのは一年の時は嫌で仕方がなかったけれど三年にでもなれば自然とそれが慣れてしまい諦めている。


中学三年の冬、長い終業式。

やはりマイクが目の前にあると喋りたくなってしまうのか知らないけれど校長先生の話は無駄に長く二時間もパイプいるに座りながら耐えるのは必死だった。


たとえドアや窓が閉まっていても隙間風が私達生徒の体温を奪っていく。


最悪だ。

指先が冷え痛さも感じる。


校長先生の無駄な長話が終われば生徒指導の先生の話が始まる。

冬休みの過ごし方や勉強を疎かにしない事や学校の近所から苦情が来ている話を一時間聞く事になった。


校長先生と生徒指導の先生の話を合わせて三時間。こんな事ならカイロを持ってくるべきだった。

生徒のためにストーブすら焚いてくれない先生を鬼畜教師と思っているのは私だけではないはず。


馬鹿は風邪を引かない。中学生ならこの程度の寒さに負けるな、慣れろ!と無茶な事を言う先生は昭和の昔ながらの指導なのかもしれない。


現に、この中学には若い先生などいなくて古い教育理念を持っているから平成生まれの私達は困ってしまう。


親に相談しても、先生は親世代の人だから納得してくれるはずもなく生徒の中に若い母親がいれば異議を申し立てる事もあるだろうけど生憎生活指導についてそのようなクレームは今まで一切無いらしい。


それだけ先生と親の相性が合うから、相談したところで流されてしまうのが目に見えてしまう。


私は、この中学校が、けして嫌いではなかった。春になると桜並木を歩きながら登下校できる時は幸せで、屋上から町一帯を見渡せるから好きだった。


クラスメイトも好きだった方…


ーーーあの頃までは。