ケータイ小説 野いちご

死は始まりなのだと彼等は言う

1章
1日目

『……あー……眠たい……え?』

まるで深い眠りから覚めたような気だるさと、また意識を取り戻したことへの驚き。

『俺は……死んだはずじゃ……。』

重たいまぶたを恐る恐る開けると、眩しい光が目に入る。1面真っ白に見えたその場所は、目が慣れてくると、どこか広い病院のような、しかし現実離れした部屋だった。

『どこだここは……病院……じゃないよな。』

寝台のような、それもまた真っ白な寝台。俺の着ている服も、椅子も、机も、ドアも。まだハッキリとしない重い頭を持ち上げるように、ゆっくりと身を起こした。

「ここ……どこ、だ……?」

声を発してみると、少し枯れていたもののしっかりと声は出せる。自分の手で、顔、首、胸、胴体、脚と順番に触り、自分がこの場に存在しているかを確認した。まだ自分が生きているか、死んでいるのかは分からないが、自分の意識を取り戻したことに、喜びと不安を感じる。

「目が覚める頃だと思いましたよ。遠ノ江友弥さん。」

声のする方角へ顔を向ける。ドアの方には人がいた。白衣のような真っ白な服にミルクのようなきめ細かい肌、吸い込まれそうなほど美しい金色の瞳、濡れ烏色の艶やかなショートカットの黒髪、天使を思わせる優しく包み込むような声色。見た目だけでは、男性か女性か分からないが、恐らく男性であろう。彼は俺の近くまでやって来る。見れば見るほど美男である。

「気分の方はどうですか?どこか具合の悪いところは?」

「あ、いえ……特には……。」

「……以外にも冷静で安心しました。普通なら、生き返ったら慌てるものなのですが……。」

「えっ……じゃあ、やっぱり……。」

その人はどんな女性も魅了してしまうような笑顔で、俺に笑いかけた。

「はい、貴方は生き返りました。まだ現世に復帰した訳ではありませんが、現時点では生き返ったことになります。」

現世という言葉に引っかかりを覚える。まるでファンタジーの世界のようだ。

「あの、色々と……聞きたいことがあるんですけど……。」

「あぁ、ご説明致しますね。」

彼はパチンッと指を鳴らした。すると、彼の背面に大きな画面のような物が映り出す。その映し出された画面には、分かりやすい絵と共にこう書いてある。

『天界……現世……下界……?』

「我々が現在居る場所はここです。天界へようこそ、遠ノ江さん。自己紹介が遅れましたね。私は大天使ガブリエル様に仕える天使の1人、ヨルと申します。」

「天使……。」

信じ難いことに、俺の目の前にいるのは本物の天使だった。普通なら信じない。しかし、何故か説得力がある。まず、俺が生き返ったことが奇跡なのだろう。立て続けに理解の追いつかないことが起こるが、何故か冷静でいられる。

「天使って、あの聖書とかに出てくる……あれ、ですか?」

「はい、あれです。ご理解の早い方で、安心しましたよ。さて……本題へと移りますが、よろしいですか?何故、貴方は生き返ったのか、ここにいるのか、何年の時が経ったのか。」

「えっ!?そんなに時間が経ってるんですか!?」

初めてヨルは、顔を歪めた。申し訳なさそうにうつむき、口を開いた。

「はい……貴方が亡くなってから、もう12年もの時が流れています。」

「12年も……。」

自分の感覚では、1晩寝たような感覚だった。そんなにも長い年月が過ぎているとは、思いもしなかった。その割には、俺の姿形は死んだ時のまま、学生のままなのだ。まっ先に思いついたのは、俺を最後まで見守ってくれたあいつらのことだった。

「あの2人は!慎也と、忠は!無事やってるのか!?生きてるよな!?」

俺は声を張り上げた。ヨルは、少し驚いた顔をするとまた指を鳴らした。

「お、お2人は元気ですよ。貴方の願いどおり、学校の教員として。」

「っ……そっか……よかったぁ……。」

2人の成長した映像を見る。2人の元気そうな姿にホッと胸を撫で下ろすと、ヨルがフフッと笑う。

「……自分より友情。己の身より、友の身。やはり貴方は、美しく強く、優しい魂の持ち主ですね。」

「え……。」

「彼らは貴方の母校の教師として、日々奮闘していますよ。永盛慎也さんに至っては、留年してまで。お2人共、貴方の為に必死になって教師を目指していたんですよ。今日ちょうど、永盛さんの初出勤です。」

「っ……はは……相変わらず、ハンパねぇ寝ぐせしやがって……。」

胸の奥がキュッと締まる。12年ぶりの友達の顔を見て、目頭が熱くなる。その高ぶった感情は、涙となって服にこぼれた。

「……いいなぁ……。」

思わず口に出したのは、死ぬ前から俺の願望だった教師になるという夢を叶えた2人を見て思ったこと。そう思うと少し辛かった。俺はもうあの2人と並ぶことも、話すことも、触れることも出来ないのだと思うと。しかし、ヨルの一言に俺は興奮する。

「もう1度、あの2人に会いたいですか?」

「……え?」

「貴方を生き返らせたのは、現世に送るためですよ。」

「……じ、じゃあ……俺は……!」

「……はい。もうすぐ、現世に送られますよ。」

感極まって、思わず叫びそうになった。嬉しくて嬉しくて、涙がドッとあふれ出る。両手で目を塞ぎ、震える声でヨルに言った。

「っ……ありがとう、ございますっ……。」

「……いえ……とんでもないですよ。」

ふわりとした物が手に当たる。ハンカチを手渡してくれたヨルに礼を言うと、涙を拭った。しばらくして涙が治まった頃、深刻な顔をするヨルが告げる。

「しかし……まだ問題があります。まだ遠ノ江さんは、完全な状態ではありません。」

「……この状態で生き返ったらまずいって、ことですか?」

それもあります、と続けるヨル。

「やはり生き返るのならば、彼ら……つまり永盛さんや保坂さんと同い年でないと問題がありますし、貴方の空白の12年間の記憶も、こうして我々天使や天界の話も、現世に下るとなると……それに……。」

彼は1層苦い顔をした。まだ告げなければならない重要なことがあるのだろう。

「……俺は、2人に会うためなら、どんなこともします。どんな試練でも乗り越えますから……どうか、会わせてください……!」

力強く覚悟を決め、ヨルに言った。彼は眉間にシワを寄せたまま、重たい口を開いた。

「貴方の身体や記憶は……どうにかなります。新しい身体は、もうなってますし……記憶も、作った物があります。」

「へっ?」
・・・・・
見ると、成長した体を纏っている。ゴツくなった手足、背も高くなった。顔や肩や様々な所を触ると、生長した変化に驚く。

「……俺は……何歳になったんだ?」

「28歳です。お2人と同じ歳ですよ。」

渡された鏡を見て更に驚く。骨格も変わり、心なしか声までも大人びている。ありえない未来の自分の姿に、驚き感動している。

「これが……俺……。」

「記憶に関しては、いわゆるパソコンにソフトをダウンロードするように、少々時間があれば簡単に出来るんです。しかし問題は……。」

目を伏せ、持っているバインダーを抱きしめるようにしてうつむいた。

「問題は……?」

「……生き返るのが問題なのではなく、生き返ってからが問題なんです。」

「……と、言うと?」

「……少し長くなってしまいますが……やむ得ないでしょう。」

ヨルは先程よりも低い声で、淡々と語り始めた。

「そもそも、貴方を生き返らせたのは理由があります。ある計画の為に、12年もの歳月をかけて実行され、成功しました。貴方は『receptacle project』に選ばれ、検体1号目にして成功した1人なのです。」

「り、りくぷて……?」

「まぁ簡単に言ったら、入れ物計画ってとこです。その入れるものというのが……いわゆる下界に住む悪魔……。」

『悪魔……天使もいれば悪魔もいるってことか……。』

突飛な話だが、理解はしているつもりだ。つまり俺は、現世にいる悪魔を入れる『入れ物』として、現世に舞い戻るという所だろう。彼の後ろにある映像が、より鮮明に悪魔達を脳に焼き付けていく。

「……現世には、終末が近づいています。それは、最悪とされる天使、いや……堕天使のルシファーが煉獄から逃亡し、サタンとなり下界を支配しました。着々と力をつけたサタンは……彼は、神を父故、愛故に憎み、神が愛した人間を抹消すると宣告しました……それが12年前なんです……。」

「ちょっと待ってください……12年前って、俺が死んだ時と同じ時期じゃないですか。」

「そうなんです。12年前、死ぬはずのない人間が大勢、何らかの理由で命を失いました。その1人が、貴方だったんです。そして、サタンはこう告げました。『死は始まりに過ぎない。憎むものには復讐を、欲望には血と肉を、生けるものには死を。汝らの魂は7つの罪に溺れ、終末を迎えるだろう。贄は7人、下僕は万人、汝らは自らにその身を滅ぼすであろう。』」

「7つの罪……贄……。」

膨大な情報が頭の中でぐるぐると回っているが、ひとつづつ紐解いていくと、俺でも分かることがある。

「……7つの大罪に、関係した問題ということ……?」

「!!」

今どきの高校生で良かったと思っている。アニメや漫画で出てくる、悪魔や神や天使のやんわりとした知識があってこその、この想像力と発想。俺が生き返っても天使を目の前にしても冷静でいられたのは、これのお陰かもしれない。

「っ……そう、なんですよ……どこまでも察しが良くて怖いくらいですよ本当……。」

「あはは……まぁ学生だったんでね……それはそうと、何故7つの大罪が問題なんですか?俺が現世に送られたとして、その中に入るのは、大罪の誰かということですか?結構簡単なんじゃ……。」

「彼らを甘く見てはいけませんっ!」

今まで落ち着いていたヨルが、珍しく声を荒らげた。7つの大罪とは、よっぽど強い悪魔らしい。

「っ……失礼しました。ですが、7つの大罪はご存知のとおり下界の中でも有数の権力者であり、その力は1人1人ならまだしも、7人全員となると天界の力でも抑えることは難しいのです。しかも問題なのは……彼ら大罪人が全員……現世にいることなんです……。」

「……だから俺を……そいつらが現世にいるから、何か悪いことを仕出かす前に俺を送り込んで止めようと……終末が訪れる前に。」

「えぇ……そのとおりです。」

正直言って、スケールが大きすぎて逆に危機感が伝わりにくい。しかしヨルの様子からみて、かなりの大事なのだろう。

「……でも、なんで俺なんですか?12年前に大勢亡くなってるんですよね?その中のなんで俺なんですか?」

「そ、れは……。」

ヨルは言葉を詰まらせた。何だか嫌な予感がしてならない。

「っ……その……大変申し上げにくいのですが……大罪のターゲットとしている人間、つまり贄となる人が日本に2人……それも、貴方の……よく知っている人なんです……。」

「……まさか……!」

悪い予感は的中してしまった。

「永盛さんと保坂さんが……大罪のターゲットなんです。」

「……。」

ショックだった。自分が適任な訳だ。でも、こんな風に言ってもらえるとは、俺は何てラッキーだったんだろう。

『慎也と忠を、救うことが出来る……!』

「やります!……2人には会いたいし、助けたい。俺に出来ることがあるなら、何でもします!」

「遠ノ江さんっ……!未来を変えられるか、五分五分といったところでしょうか……。」

「え……未来を、変える……?」

「はい。運命をねじ曲げるのです。本来なら自然の流れに任せなければならないのですが、サタンのせいでそれがかなわなくなりました。だから、ガブリエル様もこの危険な賭けに協力して下さったのです。」

「……未来で、俺らの世界……現世はどうなるんですか?」

知っておきたい。俺が成功するとは限らないが、もし俺が生き返らなかったら世界はどうなるのか。慎也と忠はどうなるのか。

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