「あのな上野(うえの)、念のため言っとくけど。くれぐれも俺のスーツにゲロなんて吐いてくれるなよ?」

「そんなことするわけないでしょ。……ヨダレくらいならあるかもしれないけど」

「ああうん、よしわかった。とりあえず可及的すみやかに俺の背中から降りろ酔っ払い」



やだ、とつぶやいて首にしがみつく腕に力を込めると、高屋(たかや)は歩く速度を緩めないまま大仰にため息を吐いた。

彼の背中におぶさっている今の状態じゃその表情はうかがい知れないけど、きっとものすごく呆れた顔をしているに違いない。

けれどもそのため息に怒りが含まれていないことは、これまでの経験上ちゃんと気付いたから。私はこっそり安堵して、短く切られたえりあしに頬を寄せた。



「……ったく、久々の同期会だからって飲み過ぎだぞおまえ。早々にテーブル突っ伏して爆睡こきやがって」

「私に構ってもらえなくてさみしかった?」

「そういう話をしてるんじゃなくて……ああもう、酔っ払いめ」



ひとりごとのように悪態をつきながら、ずり落ちかけていた私を背負い直す。

なんだかんだ言ってもここで無理やりにでも私を引き剥がそうとしない彼は、結局のところとてもやさしい心の持ち主で、それからとても私に甘いんだと思う。

こうしてぴったり寄り添っていると、ワイシャツの柔軟剤やらさっきまでいた居酒屋のごちゃごちゃした匂いやら彼自身のけっしてくさくはない体臭やら、いろいろなものが混じった香りが鼻腔をくすぐって。落ち着くんだかドキドキするんだか、もはや自分でもよくわからない。

夜の空気ごとその香りを思いきり吸い込み、アルコールが染みた熱い息を小さく吐いた。