「あ、あいつまた来てる」

僕は口の中だけで呟いた。
日差しが大きな窓から降り注ぐ図書館の受付カウンターを過ぎ、数歩進むとの窓際の席に見かける顔がいた。

同じくらいの年頃の男だ。薄茶色の髪、高い鼻と伏せられた瞳が、彫刻みたいだ。手にしているのは厚い本で近代文学の全集に見える。

一方的に顔だけ知っているという間柄で、むこうは僕のことなど知りもしない。

僕は雑誌コーナーで読みたいものを物色しながら、ちらりと男を見る。
きっと、もう少しすると席を移動するはずだ。あの席は太陽光がきついんだ。……ほら、腰を上げた。
予想が当たってほくそえむと、僕はいつも使う書架に近い四人掛けについた。彼と同じ方向を見る格好になるので、その後の動静はわからない。

図書室は森の奥のように静か。冷房が強めに稼働する音、誰かがページを繰る音。
年寄りの多い平日午前の図書館で、若いヤツは僕とそいつだけ。そんなことが続くうち、なんとくなく僕は彼に仲間意識を持った。

話しかける気もなかったけれどね。