ケータイ小説 野いちご

金の玩具姫

崩壊
秘匿

***


「……なんでお前から電話がかかってきてんだよ」

 その疑問に、横を向いている優愛の顔が凍り付いた。

「……出ねえ方がいいんだな」

 そう言って電話を切る。

「スマホ持ってきてねえのかよ」

 そう呟くと、テーブルの上に煙草とライターとバイクのキーと財布が置かれた。

「これしか持ってない」

「……流石にスマホはいるだろ」

 そう呟いたとき、またスマホが鳴った。画面を見ると、非通知。眉を寄せて通話ボタンを押した

「もしもし、誰――」

『なんで電話出ないわけっ! 優愛いるでしょ、そこに!』

「……莱?」

『優愛に代わって!』

「……莱がお前に代われって」

「……話したくない」

『スピーカーにして!』

 優愛が拒否するのをわかっていたように、電話が喚く。スピーカーにすると、莱の大声が響いた。

『なんで電話に出ないの! 電話家に置いてくし! 母さんが不審がるから家に戻ってきて!』

「ちゃんと出る理由は言った。もし不審がられたら話せばいいでしょ、昨日のこと」

『言えるわけないでしょ! いいから戻ってきて!』

 会話を重ねるたび、優愛の目は色を失っていく。

『それに! 父さんに何言ったの? 優愛が出てってからずっと考え込んでるんだけど!』

 ふん、と鼻で笑った優愛は嘲笑を浮かべ、吐き捨てた。

「思ってること言っただけ」

『思ったことを言ったってっ』

「もうお前と話したくない。家にも帰らない。お前が来るなら白虎も行かない」

『はあ? 冗談でしょ、ふざけるのも大概にして!』

「冗談を言ってると思うの?」

『っ、真優が優愛が出て行ったのは自分のせいだって言ってる!』

「……。……真優が?」

 ぽつり、無表情でケータイでは拾えないほどの小さな声で呟いた。

「……あたしがいない方が母さんも父さんも、余計な気を使わなくて済む」

『母さんたちは優愛のために帰ってきてるんだよ! そんなこと思ってたら帰ってこないでしょ!』

「建前のためでしょ、どうせ」

『はあ? 意味わかんない! 建前? 誰にそんなの繕う必要があるっていうのっ! 母さんたちは優愛のことっ』

「“あいしてる”から、って?」

『そうだよ! だからっ』

 隣に座る優愛は俺が持っていたスマホを手に取り、うっすらと、笑みを浮かべた。

 ぞくりと鳥肌が立つほどの、妖艶な笑み。しかし、壊れそうで、脆く儚い笑み。そんな笑みを浮かべて紡ぐ言葉は、冷たかった。

「愛情なんて理解できない」

 電話の向こうの莱も、俺も黙ってしまった。

「ねえ、莱。自分のエゴを、欲を相手に押し付けることが、愛情? そんな愛情、あたしはいらない」

『待って、優愛っ』

「“他人”が、あたしの問題に介入してこないで」

 そう吐き捨てると、電話を切ってしまった。

「……ごめん」

 膝を抱え、ソファに座り込んだ優愛は、そうこぼした。聞きたがっていることがわかっているのか、顔を上げると困った顔で呟いた。

「……昔、いろいろあって。人を愛してみようと努力はしてるよ、けどどうしても疑心暗鬼になってしまう。愛情を否定してるからかな、きっと」

 自身を守るように自分を抱きしめた優愛。

「好いてくれてるんだから、好きになれるように努力はしてるよ。でも、どうしても、昔のトラウマが忘れられない」

 困ったように笑い続ける優愛から感じたのは、絶対の拒絶。愛情を信じれない原因を、昔いろいろあったとはぐらかされたのも、話せるほど信用してないということで。しっかりと俺らの間に引かれた線。

「失望したなら追いだして」

 乾いた笑みを浮かべた優愛から感じれたのは、諦め。ぽつり、呟かれた声に溜め息を吐いた。……なんか、ここまで信用されてないと逆に悲しくなってくるな。

「んな愛情を信じれねえくらいで別れる理由になんのかよ」

 ぱちくりと瞬きをした優愛はマジマジと俺を見てくる。

「……普通、愛情を返してほしいとか、思うものじゃないの? あたしには何もないんだよ」

「……逆に、愛情を注いだからその分返せだなんて、見返りを求める方が間違ってんだろ」

「じゃあ聞くけど、恋と愛の違いは何?」

 随分と可愛らしい質問だな、と笑いが漏れそうになる。

「……恋は下心、愛は真心ってよく言うだろ?」

「……なにそれ」

「恋と愛って漢字浮かべてみろよ。恋は心が下にあるだろ? じゃあ愛は?」

「……真ん中、」

「そういうことだ。漢字っていうのは良く出来てるよな。テレビの受け売りだけど」

 確かに、と納得顔の優愛。

「俺の考えを言うとな、恋っていうのは自分が主軸。何をするにも自分が中心で物事を考えるが、愛は相手が主軸になるって思ってる」

「……主軸、」

「見返りなんて考えずに、ただ相手のことを想う。それげ愛だと俺は思う」

 ……だから。

「両想いとかは、奇跡に近いんじゃねえの? まず、この地球上に人間は何人いる? 出逢えたこと自体が奇跡だぞ。その上お互いがお互いのことをなんの見返りもなしに想うなんて。それぞれのペースもあるだろうしな」

 だから、別に愛情に愛情を返せないとか、そんなことで悩む必要はないと思う。

「愛情を返せないって悩む前に、相手を好きになる努力したほうが、自然と愛情は返せるようになると思うぞ」

 不思議そうな顔をして俺を見てくる。不思議そうにされる理由がわからなくて、首を傾げた。

「……鈴也の考えは不思議」

「飽くまで、俺個人の考えだからな。人の考えはまた、人それぞれだ」

「人に考えを聞いてみるのも、なかなか面白い」

 ――ピンポーン

「……誰だよ」

 突然鳴らされたチャイム。インターホンの前に行き、画面を付けた。画面に写ったのは、焦った顔の莱と、莱によく似た少し年下と思われる金髪の女の子。

「……なんで家知ってるんだよ」

 ぽつり、呟くと焦った顔の莱が言う。

『頼むから上げて! 優愛と話がしたい!』

「後ろの女の子はどなたですか?」

 いつもの外用の口調で話す。こっちの話し方の方が他人の受けはいいのだ。あんまり好きじゃないが。

『妹の真優。優愛に会いたいって言ったからここまで連れてきた』

 ……会いたいって、毎日会ってるんじゃねえのか?

『お願いします、お姉ちゃんに会わせてください』

「……真優?」

 困惑した声が後ろから聞こえた。

『お姉ちゃん、久しぶりなんだし、いろいろお話したいの。彼氏さんとの時間、邪魔しちゃうけどダメ、かな?』

 莱を見て、真優を見て、考える。莱のときは完全拒否だったけど、妹がいると別なのか。

『ママとパパに許可も貰って、ケーキ持ってきたの。お姉ちゃんが電話で美味しいって言ってたお店のだよ』

 無邪気に笑う妹を見て、困ったように眉を寄せている。

『……ダメ……かな?』

 悲しそうなその声音に折れたのは優愛だった。

「……いい?」

「俺は構わねえよ」

 手元で下のロックを解除する。

「玄関開けときます。勝手に入って来てください」

 画面の電源を切る。

「お前、妹に弱いのな」

「真優はまだ、何も知らない」

 悲しげに呟かれた言葉。莱と妹はすぐに部屋に上がってきた。

 玄関の閉まる音が聞こえ、お邪魔しますと声が聞こえる。玄関に向かった優愛。

「お姉ちゃん、誕生日おめでとう!」

「ちょっとっ、ケーキ!」

 ケーキの箱やいろんな袋を手に持ったまま、玄関に顔を出した優愛に抱き着く妹。

「……久しぶり、さっきはごめんね。何も聞いてなかったから吃驚してて」

「うん、全然いいよ。これ、ディズニーとスカイツリーのお土産! ママとパパにはもういっぱい渡したから全部お姉ちゃんの!」

「東京見物してきたんだ。久しぶりの日本は楽しかった?」

「うん! タワーオブテラーがすっごく並んでて乗れなかったのが残念だったけど」

「今度は莉緒(りお)も誘って行ってみたら? きっと喜ぶ」

「うん! お姉ちゃんも一緒に行こうよ」

「また今度ね」

「はい、一段落した? とりあえず上がらせてもらいな、真優」

 いつもの冷やかな視線や乱暴な口調じゃなく、優しげな目線と口調。それだけで、真優のことをどれだけ大切にしているかがわかる。

「あっ、自己紹介が遅れました。神藤真優です。その、お姉ちゃんと違って、日本に住んでなくて、お姉ちゃんと会うの、久しぶりなんです。今日は我儘を聞いてもらってありがとうございます」

「構いませんよ。 皐月鈴也です、お姉さんとお付き合いさせていただいています」

「お姉ちゃん、彼氏イケメンだね! さすが!」

 困ったように眉を下げた優愛。リビングに3人を誘導して、俺はキッチンに立った。あとからすぐに、莱が来る。

「口調マジで気持ち悪い、鳥肌」

「うっせえな」

「というか、いいの? 上げちゃって」

「姉妹の再会の邪魔する気はねえよ」

「……ねえ、フォークどこ?」

「そこの棚」

 皿とかを準備しながら言葉を交わす。

「にしても、随分とまた強かな子だな。初対面からあんな敵視されると思わなかった」

 優愛に見えないようにキツい視線を向けてきた白銀色の瞳。

「真優は優愛大好きだからね。優愛に相応しいかチェックしてたね」

「イケメンって、嫌味だったよな、あれ完全に」

「まず、見た目とアポ無しでも家に上げてくれるかのチェックが入ってたね。真優が嫌味言うってことは少なくとも認めたってことだから素直に喜んでいいと思うよ」

「そこ、喜んでいいのか?」

「今頃家の中が綺麗か、とかまたチェックしてるだろうね」

 インスタントの紅茶とコーヒーと、ケーキを置く皿と切り分けるナイフ、フォークを運ぶ。お土産を広げたふたりが、楽しそうに話している。

「お姉ちゃん、また痩せた? ケーキで太っちゃえ」

「それは困る」

「ショートケーキひとつで太っちゃったらみんなデブになっちゃうよ、ふふっ」

「そうだね」

 白い箱から取り出されたのは4号くらいの大きさの可愛らしいホールケーキ。

「お姉ちゃん、蝋燭立てる?」

「見栄えが悪くなるからいい」

「そっか、じゃあ切っちゃお」

 ナイフでホールケーキを切り分ける真優。切り分けられたケーキを真優と談笑しながら食べた優愛は煙草片手に立ち上がる

「煙草吸ってくる」

「灰皿ここにあんぞ」

「いい、外の空気が吸いたい」

 そう言うと玄関を開閉する音が聞こえ、優愛の気配が消えた。

「……お姉ちゃん、私に気を使って私の前で煙草吸わないの」

 ケーキを食べながら真優が呟く。

「……それだけ大切に思われてるってことですね」

 優愛と自分の分の皿などを手に持ってキッチンに入る。玄関が開く音が聞こえた。莱が余ったケーキと皿を持って来る

「洗い物手伝う」

「まずできんのかよ」

「馬鹿にしないでよ。俺も優愛も家事は一通りできる」

 真優はどうか知らないけどね、と呟くとティーカップを布巾で拭き始める。莱のおかけで早く終わった皿洗い。

 リビングに戻ろうと、リビングの扉を開けようとしたとき、莱に止められた。中からは何の音も聞こえない。

 なんで止まれと言ったのか、理由を聞こうとしたとき声が聞こえた。真優の、固い声。

「……ねえ、お姉ちゃん」

「なに?」

「あの、ね。……こんな話、誕生日にするものじゃないって、わかってるんだけど、」

「何の話?」

「あの……さ、」

 何か感づいたらしい莱が俺の方を振り返った。莱が俺に何かを言う前に。

 彼女は、優愛に聞いた。

 聞いて、しまった。

 優愛が、心から。心の底から隠したがっていたことを。

「……監禁されて、レイプされたって、何?」

 目を、見開いた。莱が顔を歪める。壁一枚隔てたリビングは静まり返っている。

「……。……パパと、ね……、……その、……話してるの、聞いちゃったの。……監禁されて、レイプされて……、人を愛せると思ってるのって……」

 莱がリビングの扉を開けようとした。その手を、掴んで止めた。

「……ねえ、お姉ちゃん。監禁って? レイプって……? 何の話? 本当、なの?」

 キンッ、とジッポーを開いた音がした。煙草に火を付ける音と、少ししたあとに煙を吐き出す音も。

 真優に気を使って、部屋の中で吸わなかった煙草。

「……父さんは?」

「……パパに気づかれる前に、逃げたの」

 じゅう、と早々に煙草を押し付ける音がした。

「ヤバい、止めないとっ、取り返しのつかないことに……っ」

「莱、鈴也。いるんでしょ、入ってこないの」

 莱が慌てて扉を開いた。驚いた顔をしてこっちを見た真優だけど、すぐに優愛を見た。

「ねえお姉ちゃん、なんではぐらかすの? 私だけ仲間外れ? 私も家族だよっ、お兄ちゃんも、ママも知ってるんでしょ?」

「真優っ」

 莱の静止の声は間に合わず。無表情で再び煙草に火を付ける優愛が呟いた。火がついてすぐ煙を吐き出して、一口目を吸うことなく。

「……お前は、あたしになんて答えてほしいの?」

 一口ゆっくりと吸い込むと、いつも以上に遅いペースで吐き出された煙と共に浮かべられた嘲笑。

「隠しごとしないでっ、私だけ仲間外れなんてっ」

「お前はどうしても聞かれたくない話を他人にする気になれる?」

 他人、とはっきり言った優愛にびくつく真優。

「言えばよかったの? まだ小学生だったお前に、見知らぬ男に監禁されて、レイプされたって」

「……ほ、ほんと、なの……?」

「本当。莱に聞いてみれば?」

「、優愛……」

「なんで……そんな、どうして……?」

 真優のその問いに嘲笑を深めた優愛。

「あたしが母さんにそっくりだから」

 煙草を灰皿に押し付け、揉み消す。

「……ねえ、真優」

 ぽつり、俯きがちに呟くと、立ち上がる。

「なんて言えばいい? なんて言えばよかった? 母さんに気がある見知らぬ男に監禁されて、レイプされましたってあたしはお前に正直に言ったらよかったの? ねえ、真優。……ねえ」

 優愛が、真優の胸ぐらを掴んだ。怯えた眼差しで優愛を見る真優。

「お前にわかるの? 無理矢理体を開かされて、何度も母さんの名前を呼ばれながら抱かれたあたしの気持ちが。泣き叫んでもどれだけ拒絶しても終わりが来るまでじっと、ただ耐えるしかなかった屈辱が!」

「優愛!」

「抱かれながら気が狂うくらい母さんの名前を呼ばれてっ、暴力を振るわれてっ、何度も“愛してる”って言わされて! そんなことっ、母さんにっ、父さんにっ、きょうだいに知られたいなんて思うはずないだろ!」

「優愛っ、もういいからっ」

 莱が無理矢理ふたりを引き剥がす。呆然とする真優に、興奮状態の優愛。真優に今にも殴りかかりそうな優愛を抑えこむ莱。

「ッ、触らないで!」

「落ち着いてっ、真優に悪気はないってわかってるでしょ!」

「煩いっ、離せえっ、触るなっ!」

「とりあえず冷静になれって!」

「煩いッ、お前に何がわかるッ! お前にっ、あたしの何が理解できる!」

 く、と顔を歪めた莱。

「気持ち悪いんだよっ、もう……っ、頭がおかしくなるッ!」

 ぼろぼろと優愛の目から雫が零れ落ちる。そのときはっと気がついた。

 優愛の、病気は。

「忘れられない……」

 はっと真優が顔を上げ、信じられないものを見る様に優愛を見た。興奮している優愛を見た真優の目頭にじわりじわり、雫が貯まっていく。

 過去にあったことをすべて忘れられない。全て、昨日のことのように鮮明に思い出せるそう。そんな、監禁とかの記憶も当然……。

「お、ねえちゃ……」

「触らないでっ、離せっ、離せえぇッ」

「落ち着いてっ、あいつは、ここにはいないからっ!」

 びくり、“あいつ”という言葉に反応した優愛。がくん、と優愛が崩れる。

「……あ、はは、……もう、いっそ」

 気が狂ってしまった方が楽だ、と呟いた声。優愛を抱き締める莱の腕に力が籠もった。

「……死にたい」

 弱々しいそれは、懇願のようにも聞こえた。莱の顔が強張る。

「……死にたい、くるしい」

 ――ズ、キ……

 重く、頭の中心を鈍器で殴られたような痛み。苦しいと辛いと喚く優愛に、慰める莱。

 知ってる……? 見たことが、ある。一体、どこで……?

『……っ、がんばるからっ、しなないでッ』

 どこで、一体、どこで――?

 優愛に、幼い黒髪の女の子の姿が重なる。知ってる、見たことがある。凄く、何よりも大切な――。

 ズキ、とまた頭の奥が痛む。酷い頭痛の中、漠然と思った。

 俺は、何かを忘れている?

『ごめんっ、ごめんね、“×××”っ』

 聞こえない。

『やだっ、×××っ、しなないでよっ、おいていかないで、ひとりにしないでえっ!』

 肝心な、ところが。

『うそつきぃ…っ、やくそくっ、いっぱいしたっ』

 聞こえない――

***

< 9/ 23 >