眠りの森のキッチンは、バニラの甘い香りとチョコのビターな香りが入り混じった、甘味な魅惑に包まれていた。

その香りの元であるオーブン前で、琶子は庫内を見つめ、今か今かと目を輝かせていた。その肩越しから薫が覗き込む。

「もう少しね」

真っ赤な唇と一緒に、口元の黒子が色っぽく上がる。

「薫ちゃん、桃花もできたて食べたい!」
「桃花、甘い物ばかり食べていると虫歯になるわよ」

桔梗はクールビューティーと評される冷徹な仮面を剥し、娘を抱き上げると、ツルツルの柔らかな頬に、慈愛に満ちた顔を近付け、ん~ん! とキスをする。

桃花はキャッキャッと声を上げ、「くすぐったい」と身をよじらせながらも、桔梗の首にギュッと抱き付く。

「あらぁ、ちゃんと歯磨きしてるよねぇ」

「ねぇ~」と薫と桃花は顔を見合わせる。

「クッキーの他にも五種のプチケーキ、七種のマカロン、プリン、生チョコも作ったから遠慮しないで召し上がれ」

「わーい、だから……」桃花は天使のような顔に小悪魔の笑みを浮かべ、ニシャリと言う。

「薫、お・に・い・ちゃん、だ~いスキ」

にこやかな笑みを浮かべていた薫が、「ナヌ!」と一転、鬼の形相になる。

「お兄ちゃんって、誰のこと! あんたね、言うに事欠いて……」
「キャッ、ママ、助けて」

桔梗の胸に顔を埋め、ケラケラ笑い転げる桃花に、薫は怒り心頭で詰め寄る。

「ちょっと止めなさい。落ちるって。もう、薫、五歳児相手に、なに本気出しているの! 事実でしょう、戸籍上男なんだから」

「んまぁ、桔梗、戸籍の事は禁句だって言っているでしょ! オネエを侮らないで。私は雌雄を超えた存在なの!」

薫はフルメイクを施した彫の深い端麗な顔をツンと上げる。