視線が交わらなかったのは、お互いに前しか見ていないからだと思っていた。
けれど、私は常に前を見て自分を磨くのに精一杯で、大事なモノを見ていなかった。
もしかしたら、私を見ている視線もあったのかもしれないのに。


「早いな」
「巧こそ。てか、鍵持ってるなら入ればいいのに」
「誰も居ない家に流石に入れないだろ。おばさんも妹の真野ちゃんも居なかったぞ」
「あー。お父さんの出張に合わせて好きなことしてるんだわ、きっと」
多分お母さんは料理教室の先生だから、生徒さん達と打ち上げだろう。
大学生の真野は、外泊禁止だとお父さんに過保護に育てられたせいで反抗的だからきっとオールで遊んで帰ってくるだろうし。

「どうぞ。ご飯は?」

「食べてない。お前は?」

「同じく。何かあるかな」

食べていない?
副社長と食事でもしながら話していると思ってたけど。
そう思うけれど、素直にきけない。何を話したかという、一番気になるけれど怖い部分に突き刺さってしまいそうだ。
でも、最初に口を開いたのは巧だった。
私が冷蔵庫から何か作れないか漁る背中を、凝視している。

「てっきりあの爽やか腹黒英国紳士と高級ディナーして帰ってくると思ってた」