ケータイ小説 野いちご

ありったけの嘘、とっておきの愛。

触れないで



翌週。
正式に辞令が下った私は、着慣れないスーツを着込み本社へ向かっている。

本来ならば、解雇を言い渡された受付の二人と共に、三人で本社へ出向くはずだったのだが、二人は拒否の意思を社長に伝えるために、今日も桜ヶ丘店に出勤していると彩菜ちゃんからメールをもらっていた。


そんな小さな抵抗をしても、たぶん無駄だろうけど。


入社式以来、足を踏み入れる本社。
実は、桜ヶ丘店に近く、隣駅に位置している。

出勤途中の電車に乗っていると、ビルとビルの合間から一瞬だけチラ見えするのは知っていた。
だから毎朝、車内の窓から本社屋を横目にしているだけだったのに。


こんな事になるなんて!


「はぁ……。気が重い」


社屋前の石碑には「トータルセラピー」のシンボルマークと金色に輝いている社名が、やたら偉そうに私を迎えているみたいに感じながら、気の重さから石碑に手を置きもたれ掛かった。


今からでも断れないかな?
……無理か。
所詮、サラリーマンと同じだしなぁ。
辞令ひとつで異動にもなるし、クビにもなる。
私は、ただの従業員。
雇用主からの指令には二つ返事が鉄則か。


「考えるだけ無駄。……だよねぇ」


ふと思い出したのは、あの日の小野寺社長の言葉だった。

‘誰だって何かを始める時は右も左も分からないもの。初めての事から逃げていたら、成長できない……’と言われた事が、ずっと心に引っかかっている。


そうだ。
迷っていても一歩踏み出さなきゃ、何も変わらないんだ。

ウジウジ考えても仕方がないな。
本当に私には無理だと自覚した時点で直談判すればいいや!


「取りあえず、やってみますか」

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