……色のない、夢を見た。

 夢の中の景色は、擦りガラス越しに見る景色のような、淡く白い膜に覆われた世界だった。

 そんな薄い膜の向こうに、ぼんやりとした輪郭が見える。

 まるで卵の薄皮を剥ぐように、白い膜がゆっくりゆっくり薄らいで、ついにクリアになった視界の中に、ひとりの少年の横顔が見えた。

 黒い髪に黒い瞳の、あたしと同い年くらいのその少年は空でも見上げているのか、心持ち顎を上げている。

 あたしと肩を並べて、見知らぬ道を歩くその横顔に、まったく見覚えはないはずなのに、夢の中のあたしは彼のことをよく知っていた。

 そして彼も、わたしのことをよく知っている。

 それは、なにも不思議じゃない。

 だってわたしたちは、当たり前に親しくて、当たり前にずっとずっと、一緒の時間を過ごしてきたのだから。

 彼の形のよい唇が動いて、なにかを延々としゃべってはいるのだけれど、なにも聞こえない。

 この夢は、呼吸の音すら聞こえないほど、完全な無音の世界だから。

 彼の前髪をフワフワと揺らす風の音も、ふたり並んで歩く砂利道を踏みしめる音も、なにも聞こえない。

 焦がれたような目をして空を眺めながら、聞こえない言葉を紡いでいる少年を見つめるあたしの心は、ひどく焦っていた。

 なぜなら、彼にどうしてもどうしても伝えたい言葉があったから。

 なのに、世界に音が無いなんて、どうしよう。

 もう時間もない。もう、終わってしまうというのに……。

 胸の奥を掻き毟られるような熱い焦燥感があたしを駆り立て、翻弄する。

 無駄と知りつつ口を開いて、喉を震わせてみたら、意外なほど簡単に声が出た。

 よかった! これでやっと、伝えたかった言葉を告げられる!

『……』