母「ほら、急ぎなさい」


前を歩く母が、首を少しだけこちらに向けため息と共に出した言葉は、華那子(かなこ)の体に当たるとシャンと音を出して割れた。

噛み潰せば簡単にシャンと砕ける金平糖みたい。軽くて、トゲトゲしてて、脆い。
体にぶつかって砕け落ちた言葉を踏み潰し、母の元へと急いだ。





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華那子の家族は、何処にでもある普通の家庭だった。他人と少し違うところといえば、よそよりほんの少しお金持ちだった。

優しい父と母、3歳離れた兄の秋良(あきら)の4人家族



華那子は家族が大好きだった
特に、優しくて美人で、料理上手な母が大好きだった。
母の得意の手料理の、唐揚げとオムライスは華那子の大好物


母の作る料理は、華那子にとって魔法だ。幸せになれる魔法。

キッチンに立つ後ろ姿、出来立ての湯気の匂い、出来たよと微笑むお母さん、熱々の最初の一口目
満腹の安心感と眠気は、魔法の力だと小学校3年生だった華那子は信じていた



華那子は、外で思いきり遊びまわって帰ってきた日の夕飯の献立が唐揚げかオムライスのどちらかだと、おかわり3杯は食べるような元気な女の子だった


どこにでもあるような、普通の幸せだったと思う。
それで良かったんだと思う